【2015年9月26日】

絶賛発売中!『クリスティナ戦記』わかつきひかる/うるし原智志のプロローグたっぷり公開です!

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プロローグ 輿入れ行列~差し出される姫騎士
国境の緩衝地帯を輿入れ行列が行く。
ひときわ目立つ瀟洒な馬車は、装甲を厚くした鎧馬車だ。安全性と乗り心地のよさを追求した、貴人のための壮麗な乗り物である。
先導するのはガッセル国の騎馬兵たち。その後ろをリモージュ国の近衛兵が行く。
整然と足音を立てながら行進している。遠目にも、彼らの練度が高いことがわかる。
「キラキラだな」
馬上のリオン・スタンハーシェルがつぶやくと、周囲を固める団員たちが同意した。
「そりゃあ、お姫様の花嫁行列ですからね」
ここは国と国とのあいだで、どこにも所属していない自由地帯だが、王族や貴族には道を譲るのが習わしだ。
王族の馬車を見つけたら、街道から外れたところで馬を止め、頭を垂れて行列が通り過ぎるのを待つ。たとえ至急の任を受けた早馬であっても例外はない。ましてリオンたちは商人だ。商人は、農家や鍛冶屋より、地位が低いのである。
「それにしちゃ、嫁入り道具も護衛の兵も少ないな」
「降伏して、恭順のしるしの輿入れですからねぇ。ひっそりやるしかないでしょうよ」
「哀れだね。降伏したとはいえ、国を守って戦う姫騎士が、ガッセルの豚みたいな王様の、お妃様になるなんてな」
リオンのいるところからでは見えないが、鎧馬車には、花嫁衣装のクリスティナ・ラファン・リモージュ王女殿下が乗っているはずだ。
リモージュ王国にクリスティナありと恐れられた美貌の姫騎士。ウェディングドレスの十八歳のお姫様は、さぞ美しいことだろう。
クリスティナ姫は、リモージュ国のプリンセスである。細心王こと、シャルル・カミーユ・リモージュ国王の妹姫だ。
リモージュは小さな国だが、細心王シャルルが、繊細な統治をすることで国内は安定し、最強の姫騎士クリスティナが軍備を担うことで、誰をも侵略せず、誰をも侵略されない自主独立の王国として栄えてきた。
クリスティナは出軍する際、髪にティアラをつけ、ドレスの上に革鎧を着込んで騎馬し、軍の先頭を行く。姫騎士クリスティナは、ただそこにいるするだけで、兵を鼓舞する力を持つ。
出撃する彼女を遠目に見たことが何度かあるが、亜麻色の髪を風になびかせながら軍を従えて進むクリスティナは、戦いの女神のように美しかった。
「花嫁とはいえ、四十三番目のお妃様ですからね。ハーレムに女奴隷として入れられるというのが正しいでしょうよ」
「剣を取って戦っていた姫騎士が、ハーレムで性技を仕込まれて性奴隷になるなんて、世の中わからないものだな」
商人集団コープスは、奴隷や娼婦の売買も行う。
ガッセルのハーレムから下げ渡される女奴隷は、娼館の引きが強い。
年齢がいっているものの、気品があって美しく、ハーレムで性技を仕込まれているため、特殊な性癖の客たちにも対応できるからだ。
「シャルル細心王は、ガッセルに全面降伏しましたからね」
「緒戦はリモージュが勝ったんだろ」
「はい。三倍以上の戦力差があったのに、将軍の采配がうまくて、辛勝することができたそうです」
「この調子だとさすがのガッセルもあきらめるだろうと思っていたのに、いきなりの全面降伏ですよ。あれには驚かされたな」
「戦力差にびびったんだろ。なにせ小心王だからな」
シャルル国王は二十八歳。繊細な政治をする細心王と呼ばれるが、小心王と悪口を言う人も多い。
シャルル国王の神経質な統治が、リモージュ国を富ませていることは事実だったが、シャルルは外交において、引いてしまうのだ。
外交は駆け引きである。ときにはハッタリも必要だ。なのに、リモージュ国王シャルルはブラフができない。細心は小心に通じる。
リモージュ王国は、勇壮を妹姫が担うことでバランスが取れていた。その妹姫が降伏のしるしに差し出される。
「リモージュの国民も、クリスティナ姫に同情しているようですよ」
防備を担う妹姫を、恭順の印にハーレムに差し出す土下座外交は、大陸の知識人をあきれさせただけではなく、クリスティナへの同情を集めた。
「ガッセル国王は老人のくせに絶倫だって言うからな」
「王族は大変ですな。若く美しいプリンセスが、国と国民を守るために犠牲になるなんてなんてなぁ」
「その点、商人は気楽だな」
「犠牲を払わないと、成果が返ってきませんがね」
「あはは。そうだな。勝負に出ても失敗してしまうときもあるしな」
リオンたちは、オークションの帰りだった。
ワルト運河の水利株の入札だったのだが、別の商人集団と競り合いになってしまって、手に入れることができなかったのである。
「こういう日もありますよ。団長、早く商館に戻りましょうや。今日は宿替えの日です。綺麗な女たちが帰りを待ち構えていますぜ」
宿替えとは、娼館が娼婦を替えることを言う。
娼館の娼婦たちが、ずっと同じ顔ぶれだと、新味がなく客の入りが落ちる。また、心中だの足抜けだの刃傷沙汰だのが発生しやすくなる。
そのため娼館は、商人集団に依頼して、定期的に娼婦の入れ替えをする。その際の娼婦の味見は商人の役得だ。
娼婦の側も人使いの荒い娼館に売られたくないから、一生懸命商人たちに奉仕する。
宿替えは商人にとって、お祭りのように賑やかで楽しい一日だ。
「そうだな」
手綱を引き、馬の首をめぐらせて、商館のあるゲートタウンへと向かおうとしたときのことだった。
整然と響いていた足音に乱れが生じた。
木がきしむバリバリという音がする。
「んっ? なんだこの音」
異変を感じて振り向くと、輿入れ行列の鎧馬車の周囲の土の色が、はっきりと変わっていることに気付いた。
「落とし穴だ!」
野盗は、街道に罠を張る。
深い穴を堀り、板を渡して土をかぶせておく。
強度のある板で、徒歩や単身の騎馬なら普通に上を歩いていける。
だが、一定以上の重みのもの――荷物を満載した荷馬車など――が通るとき、板が割れて落とし穴にはまる。
往生しているところを野盗が襲う。荷物は略奪され、男は殺され、女子供は売り飛ばされる。
戦争中は、街道に落とし穴なんてありえなかった。軍隊が行き来するため、野盗の出る幕がなかったのだ。
戦争が終わったおかげで、野盗の活動が活発になったのだから皮肉なものだ。
阿鼻叫喚の騒ぎが起こっていた。
お輿入れ行列は、見事に落とし穴にはまってしまった。貴人を守る鎧馬車は装甲が厚く、重い。鎧馬車は横倒しになり、馬は足を折ってもがいている。
横倒しになった馬車の中から、黒いワンピースのメイドと、白いドレス姿のお姫様が這い出てきた。
「まずいことを!」
野盗の目的は金銀財宝だ。金や宝石を差し出せば、彼らはあっさりと退却する。
せっかくの鎧馬車なのだから、馬車の中に籠もり、窓から宝石類を差し出せば、危害は加えられない。
なのに、鎧馬車を出てしまうなんて、襲ってくれと頼んでいるようなものだ。
「ああ、これはもうダメですね」
助けに行こうとして馬の脇腹を蹴ったリオンの手綱を、団員がグイッと引く。馬が前足をあげていなないた。
「リオン団長、飛び出さないでください。野盗からお姫様を助けるのは、私たち商人の仕事ではありません」
「それはそうだが……。あのメイドにしてもお姫様にしても、若くていい女だぞ。もったいないと思わないか?」
「団長の女好きは困ったものですね。私たちは商人です。野盗が奴隷や略奪品を売りたいと言い出すときまで、出る幕はありません」
そのとき、野盗の集団が、雄叫びをあげながら丘を走り下りていった。
たちまち乱戦になった。
土埃の隙間から、野盗と近衛兵が剣を交える様子が見える。切り落とされた腕が空中に飛び、悲鳴があがり、血しぶきが噴き出す。
ガッセルの騎馬兵とリモージュの近衛兵は落とし穴に落ちた際に骨折している者が多く、人数で勝っているにもかかわらず、野盗たちに押されている。
「野盗たちは何も考えていないなぁ。敗戦国とはいえ、一国のお姫様の輿入れ行列だぞ。お姫様の身柄を押さえて、リモージュかガッセルに身代金を請求するほうが儲かるだろうに」
「身代金の受け渡しには危険が伴いますからね。略奪したほうが早いんですよ」
白いドレスの娘が袈裟懸けに切られた。血しぶきがバッと広がる。
悲鳴とともに、彼女が倒れた。
「あっ」
コープスの団員から声があがった。
「あーあー、もったいない。お姫様が死んでしまったぜ」
「でも、野盗たちも、数が減っていますよ」
メイド服の若い娘が、細くて長い剣を振り回し、屈強な男たちを切り捨てていく。黒ワンピースの腰に剣ベルトで鞘が下げられているのが見て取れた。お姫様の護衛をする女兵士だろう。
メイドキャップが外れて、中に収められていた亜麻色の髪が肩に落ちた。背中を覆うほどの長い髪が、太陽のように輝いて美しい。
「あのメイド、強いですね」
「あんな剣術、はじめて見た」
彼女は、右手に長剣、左手に鞘を握り、
まるで舞踊のように舞いながら、野盗の首を刎ね、手首を切り落とし、切っ先で敵の胸を突く。野盗の振るう剣は、左手の鞘で受けている。
「リモージュの王宮剣術ですね」
「鎧馬車に乗っていたおかげで、怪我をせずにすんだんだな」
メイド服の女兵士は、獅子奮迅の活躍を見せた。
亜麻色の髪が輝き、スカートが翻る。彼女が剣を一閃させるたび、血しぶきが起こる。
「……なんて綺麗なんだ……」
着ているものはメイドのお仕着せ。亜麻色の髪も白い肌もメイドドレスも、血と土埃で汚れている。
リオンのいる位置からは、顔だちまでは見えない。
だが、彼女は美しかった。
屈強な男たちの中で、彼女はほっそりして小さいのに、くっきりと大きく見えた。俊敏な動きは、ひとつひとつに無駄がなく、研ぎ澄まされた美しさを感じさせた。
命のやりとりをしているのに、優雅だった。巫女が神殿で舞う様子を想像する。
怒号と悲鳴とうなり声、肉を断つ重苦しい音。
リオンのいる位置では聞こえないはずなのに、剣が風を切るひゅんという音さえも聞こえてくる気がした。
「すげぇな。あの女」
ピピッと口笛の音が響いた。略奪品を持ち、野盗たちが退散していく。彼らは半分ほどの人数になっていた。野盗のひとりが、倒れたお姫様から、ティアラを強奪していく様子が見て取れた。
護衛の女兵士は追いすがろうとしたが、膝から崩れるようにして倒れた。
リオンは馬の腹を蹴って倒れている女兵士の元に急ぐと、ぐったりしている彼女を抱き起こした。二の腕にかすり傷ができていた。野盗は、毒を塗った剣を使う。傷から毒が入ったのだろう。
水筒の水で傷を洗い、膏薬を塗り、ハンカチで縛っておく。
「麻痺毒だ。野盗は、剣に毒を塗るんだ。毒消しの薬だ。飲んでくれ」
ぐったりして瞼を閉じたままの彼女の唇に、毒消しの丸薬を押しこみ、水筒の水を口移しで飲ませる。
白い喉が上下に動いた。
これでもう大丈夫だ。
野盗は、女子供を奴隷に売るつもりで襲うから、習慣性のない麻痺毒を使う。かすり傷だし、数時間で毒が抜ける。後遺症も残らない。
「団長、どうするつもりですか?」
「この女は俺がもらう。好みなんだ」
リオンは、ぐったりしている女兵士を馬に乗せた。
左手で彼女のお腹を抱き、右手で手綱を裁いて馬を操る。
意識のない女を乗せて馬を操るのは大変で、遅れがちになるリオンを、団員たちが足並みを揃えてくれる。
馬はやがてゲートタウンに入った。
ゲートタウンは、国境の関門の外に自然発生的にできた街だ。
通関待ちをする旅人たちのために、荷馬車の修理をする鍛冶屋や、宿屋、土産物を売る店や娼館、軽食を売る店、診療所などが並んでいる。
関門が開いている今は、ゲートタウンの真ん中を旅人たちが、整然と通り過ぎていく。人通りは多いものの、落ち着いた空気が流れている。
コープスの商館の前で馬を止め、彼女を下ろす。
ぐったりしている彼女をお姫様だっこで抱きあげ、商館の中に入る。
「帰ったぞ」
広い部屋でカードゲームをしていた商人が振り返った。食堂や会議、商談の場としても使うホールだが、今は暇そうな団員が数人ばかり、留守番をしているだけだ。
酒場に似た雰囲気だが、酒が並んでいるはずの棚には、帳簿類がところ狭しと並んでいる。
「お帰りなさい。リオン団長。入札はどうでした?」
「不成立だ」
「競り合いになってしまったんだ」
「それは残念でしたね。リンダとヴィヴィアンとキャロライン姐さんは、団長の部屋です。他の女は、それぞれ団員としっぽりやってますよ」
高級娼婦は団長のものだが、団員たちもそれぞれ好みの娼婦を侍らせて楽しんでいる。
「団長、その女は?」
「リモージュの女兵士だ。俺がもらう」
「確かに綺麗な顔をしてますけど……そんな小汚ねぇ女がいいんですかい? 血まみれじゃないですか」
「好みなんだ」
「……るな……」
ぐったりしていた彼女が、リオンの腕の中でもがいた。
「気がついたのか?」
もがく彼女をそっと下ろしてやる。
彼女は、ふらつきながら右手で左腰を探った。剣を取ろうとして丸腰であることに気付いたらしい。顔がさっと青くなり、かわいそうなほどおろおろした。
「無礼者っ! 下賤の者が私に触れるなっ! 私は姫騎士クリスティナ・ラファン・リモージュだ! リモージュ国の王女であるぞっ」

 

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