【2017年4月19日】

竜王子のハーレムタワー 出だし公開その1

最強の竜に目をつけられたルー君の運命は?

序章
1 光竜の姉と、落ちこぼれの弟
六竜帝国は、六つの選帝侯家から選出された皇帝を頂点に置く君主制国家である。
竜と人、二つの姿に変わることのできる竜人たちによって作られた国で、大陸の中央にあり、他種族の国と東西南北の国境を接しながらも、竜人たちの個の戦闘力の高さによる強大な軍事力をもって、大陸に覇を唱えんとしていた。
選帝侯家の一つ、ウル家の男子として生を受けたルーク=ウルは、十五歳の成人と共に選帝侯家の当主となるはずだったが、彼は周囲から『落ちこぼれ』と見なされており、彼自身もそんな自分が家を継ぐことに疑問を抱くようになった。
竜の子は、それぞれ別の種族として生まれる。赤竜と青竜の子が赤竜や青竜として生まれると限ったことではなく、受け継いだ『竜素』のうちのいずれかが発現し、緑竜、水竜、白竜などとして生まれてくることもあるのだ。
ルークは竜の中でも最も進化しにくく、成長の遅い『茶竜』として生まれてきた。土の属性だという竜だが、砂竜、地竜と比べると数は極端に少なく、ウル家では数百年前に一体生まれたのみで、まったく進化せずに生涯を終えたという記録が残っていた。
(僕はそんな竜として生まれてしまったけど、姉上はとても優秀だ。なんたって、白竜の中でも一番強い、光竜なんだから)
ルークは姉のシャルムとは八歳離れている。ブラウンドラゴンであるがゆえか、十五歳という年齢より幼く見えるルークに対して、彼女は姉としてひたすらに愛情を注いでいた。
彼女は公の場では『堅物』と称されるほど生真面目に振る舞っていたが、ウルの目の前では違う顔を見せた。弟に対しては蜂蜜のように甘く、まるで宝物を愛でるように溺愛していたのだ。
ルークはそんな彼女に、ある日決意して、自分の意思を伝えた。
ウル家の次期当主をシャルムに譲る。それを、ルークは家の今後の繁栄を考えれば、当然の選択だと思っていた。

◆帝国暦八五三年 三月 ウル選帝侯家本邸◆
柔らかい日差しの降り注ぐある日の午後、ルークは姉のシャルムがいる執務室を訪ねた。
「姉上、ルークです。入ってもいいですか」
「ルーク? ええ、いいわよ。鍵は開いているわ」
ルークは緊張しつつドアノブをひねる。実の姉に対して緊張するというのもおかしな話ではあるが、彼は姉のことをそれほどに尊敬していた。
『光竜』である彼女は、白く輝いて見えるような銀色の長い髪を持ち、深紅の瞳を持つ。その神秘的な容姿から『光の聖女』と呼ばれ、男性の貴族たちから絶大な支持を集めていた。
しかしシャルムは十五歳で成人してから、ずっと仕事に専念していた。そのためルークはシャルムの部屋を訪ねることを遠慮していて、今日は数日ぶりの訪問になる。
「姉上、今日は大事なお話があって参りました」
「……父上から聞いたけれど、私に選帝侯の位を譲るつもりでいるのね」
「はい。僕が家を継いでしまったら、ウル家の皆と、領民に迷惑をかけることに……」
「そんなことないのに。ルー君は頭もいいし、領地の人たちからは優しい領主様になるだろうって期待されているわ」
シャルムの言ったような評価は、ルークも充分すぎるほど理解していた。
しかしウル家の重臣たちは、竜としての強さを重んじ、シャルムに当主を継いでほしいと思っている。
『落ちこぼれ』とルークを評するような者は家内にはいないが、それはシャルムが自分を守ってくれているからだというのも、ルークは知っていた。
その聡明さを知っているシャルムは、ルークの意思が固いと悟ると、席を立って机を離れ、ルークの前まで歩いてきた。
シャルムは女性としては平均的な背丈だが、ルークは彼女の胸のあたりまでしか背が届かない。二十五歳までが成長期だが、ルークは早く大きくなって、シャルムに追いつき、追い越したいと思っていた。
「ルー君がそこまで言うなら、お姉ちゃんが当主になってあげる」
「……ごめんなさい、姉上。僕が、ふがいないから……」
「そんなことはないわ。ルー君は、なりふり構わず進化して強くなろうとか、そういうやり方をしない優しい子だから。お姉ちゃんは、今のままのルー君が大好きよ」
「だ、だめです。僕は……姉上に、そんなに甘やかされていいような弟じゃ……」
男として、姉に頼らず独り立ちしたい。そんな思いも打ち明けるつもりだったのだが、シャルムは穏やかな微笑みを絶やさない。
そして勇気を振り絞ろうとしている弟を見ているうちに、シャルムの頬が紅潮し、そのしなやかな人差し指が口元に運ばれる。
「あ、姉上……わぁっ!」
「ルー君、お姉ちゃんに頼らないで頑張りたいって思ったのね……偉いわ。そんな偉い子には、いい子いい子ってしてあげないと」
「うぅ、そ、それがだめなんですっ。姉上は僕にもっと厳しくしなきゃ……わぷっ」
まふっ、とルークの顔が柔らかく深い谷間に受け止められる。シャルムが『聖女』と呼ばれながらも、男性からの憧憬を集めてやまないのは、彼女のプロポーションがあまりにも異性の関心を惹きすぎるからでもあった。
ルークは解放されるどころか、頭に腕を回されてぎゅっと抱き寄せられる。実の姉であるというのに、そんなことをされては意識せずにいられなかった。
「あぁ……ルー君はなんて可愛いのかしら。なかなか進化しなくてつらいのは自分自身なのに、けなげに強がって。お姉ちゃんに、立派な男の子だっていうところを見せたいのね」
「ぷはっ……あ、姉上、ルー君はもう卒業したいって言ったじゃないですか。僕はルークです」
「二人の時くらいはいいでしょう? 他人行儀に呼んでいたら寂しいじゃない。ルー君も、お姉ちゃんって呼んでいいのよ?」
(姉上は、どうしてこんなに僕に甘いんだろう……僕だってもうすぐ十五歳で、もう子供じゃないのに)
「もう大きくなったのに、甘やかしすぎじゃないか……と考えているの?」
「は、はい。さすが姉上です、全部お見通しなんですね」
「大きくなったといっても、まだこうして抱きしめてあげられるもの。それにルー君が私の弟だっていうことは、それこそ一生変わらないわ」
「姉上……」
いつもこうやって丸めこまれて、ルークは独り立ちの意思を引っこめてしまう。
しかし、姉の厚意を嬉しく思っていることは確かだった。他の家では姉と弟がこれほど親密にしているという話は聞かないし、シャルムとの関係が特別なものであるとはわかっていたが、ルークにとっては周囲にどう見られようと感謝しかなかった。
落ちこぼれと言われた自分を、見捨てずにいてくれた。
両親ですらルークが竜として強くなることをまったく期待せず、周囲に支えられて家を存続させられればそれでよい、シャルムが実質の権力者ならばなおよいと思っているのだ。
「私が当主になっても、ルー君が成長して自信がついたら、いつだって交代してあげる」
「ありがとうございます、姉上」
「……その代わりに、お姉ちゃんって呼んでくれる? 一回だけでいいから……ね?」
「は、はい。こほん……お姉ちゃん、ありがとう」
ルークは立派な大人になり、優秀な姉に恥じない自信を持ちたいと思っていたが、その見た目はやはりあどけなく、シャルムにはその笑顔が太陽のように眩しく見えた。
「はぁっ、はぁっ……ごめんなさい、めまいがしちゃった。あまりルー君が可愛いから、本当にどうしようかと……」
「……? どうしようって、何をですか?」
「い、いえ、なんでもないのよ。ルー君、変なことを考えちゃうお姉ちゃんを許してね」
顔を赤らめて恥じらう姉を見ていると、ルークは我が姉ながら、可愛らしいと思ってしまう。
そして、これからは継承権を持たない自分は、姉を陰から助けたいと改めて誓う。
「ルー君、元老院にはいつ報告しに行く?」
「あ……そうですね、元老院の皆さんに報告して、皇帝陛下にお伝えいただかないと。明日あたり、従者と一緒に行ってきます」
「私も一緒に行くわ。選帝侯になるのなら、挨拶しておいた方がよいでしょうし」
こうしてルークとシャルムは、久しぶりに姉弟二人で、六竜帝国の中心である帝城に向かうことになった。
「着替えは何日分必要かしら……ルー君と一緒に迎賓館に泊まるとして……」
「姉上、何かうきうきしてませんか?」
「そんなことはないわよ、決して遊びではないのだから、贅沢はせずに一つだけ部屋を取ることにしなくてはいけないというだけ。ルー君、これは倹約なのよ」
「は、はい……姉上、倹約だから、僕たちは同じ部屋なんですね」
「ええ。ルー君の着替えも、従者のみんなに言って用意してもらいなさい。きっと、こぞって準備をしてくれるわ」
ウル家に務める従者たちはルークより年上の女性が多いので、彼はある意味でとても慕われていた。
(姉上の影響で、僕はなぜか可愛がられてるからな……男らしい服を選んでくれるようにしっかりお願いしておかないと)
「心配しなくてもいいのよ、みんなには重々言ってあるわ。ルー君を私より甘やかしたら、そのときは罰金を払ってもらうことになっているから」
「あ、ありがとうございます……姉上」
姉の気遣いは少しずれていたが、ルークはひとまず感謝を述べて部屋を出た。
「ふぅ……」
廊下に出てから、ルークは息をつく。正直を言うと、シャルムの胸に顔を押しつけられたときから、動揺を表に出さないようにすることで精いっぱいだった。
女性として魅力的すぎる姉を持ち、そして溺愛されると、弟は苦労する。それが幸せな悩みなのかは、ルークには自分では答えが出せなかった。

2 金の髪持つ黒竜姫
◆帝国暦八五三年 三月 六竜帝国 帝城近郊の上空◆
六竜帝国の中心には、広い湖がある。帝城はこの湖に浮かぶ島の上に作られており、元老院と皇帝の居城、外部から訪れた人々の滞在する迎賓館など、首都としての機能が一通り集約されている。
貴族は移動の際に、空送竜という大型の飛竜の姿を取ることができる家来に変身させ、その広く安定した背中に輿を積み、乗りこんで移動する。シャルムは独力で飛ぶことができるが、ルークは飛ぶことができないので、姉と共に空送竜で帝城へと赴いた。
城の周りでは、水竜たちが優雅に泳いでいる。湖の透明度が保たれているのは、水竜が水を浄化する力を持っているからだ。
「わあ……姉上、やっぱり帝城はきれいですね。見ているだけでわくわくします」
「ふふっ……ルー君、少し前にも年始のご挨拶に伺ったじゃない」
「何度見ても綺麗だと思います。水竜の人たちも、ウル家にはいないので珍しいですよね」
「……身体が大きいけれど、みんな女性よ。ルー君は水竜の女性が好きなの?」
「あっ……そ、そういうわけじゃないです。遠くからだと、女の人だとわからなかったんです」
ルークはシャルムが不穏な空気をまとうと、生存本能に従ってすぐにフォローを入れる。シャルムは嬉しそうに微笑むと、簾をめくって外を見ていたルークを引き寄せ、膝の上に乗せた。
「ルー君のお嫁さんは、ゆっくり時間をかけて探さないと。おしとやかで、ルー君に優しくて、年上の女性がいいわね」
(すべて姉上に当てはまるんだけど……膝が柔らかい……)
『シャルム様、ルーク様、帝城の着竜所に降下いたします』
「ええ、お願い。ルー君、しっかりお姉ちゃんに捕まっているのよ」
「捕まえられているのは、僕なんですけど……」
ギュォォ、と空送竜が減速しながら降下していく。ルークは後ろに重心をかけざるを得なくなり、シャルムの柔らかい体に受け止められ、その感触に身もだえする。
「……ルー君の髪、いい匂い……」
姉も適齢期で求婚者もあまただというのに、結婚する気配がまったくない理由は、自分の存在が影響しているのではないか。耳元での甘い囁きに、ルークはそう思わざるを得なかった。

着竜所に降りると、空送竜の女性――サラは人間の姿に戻った。彼女はウル家の家臣であり、シャルムの護衛を務めている。二人は年が近く、主人と家来というよりは友人のような関係性だった。
「お二人とも、お疲れ様でした。乗り心地はいかがでしたでしょうか」
「ええ、とても快適だったわ。ルー君はどうだった?」
「は、はい。ありがとうございます、サラさん」
(姉上の膝の上に座ってたから乗り心地がよかったなんて言ったら、僕はまた坊や扱いをされてしまう……でも、本当に快適だったな)
「身に余るお言葉です。それでは、元老院まで参りましょう」
サラはルークの胸中を気取ることなく、二人の後ろに控えてついてくる。着竜所には各国から来た竜がいて、これから飛び立つ竜もいれば、帝城に赴く一行もいた。
――その時ルークは背中に冷たいものを感じて、思わず立ち止まった。
「ルー君……いえ。どうしたの? ルーク」
シャルムは公衆の面前であることを意識して、弟を正式な名前で呼ぶ。ルークは震えていたが、姉の声に我に返り、辛うじて答えた。
「……何か、重々しい気配みたいなものを感じます」
「そう……彼女も、この帝城に来ているのかもしれないわね。この威圧感、間違いなく近くに来ているわ」
シャルムが言う『彼女』にルークは心当たりがない。
しかし、本能が恐怖している。この威圧感を、前にも一度経験している――。
「ここに滞在する間、何もないといいのだけど……私の傍を離れてはだめよ」
「は、はい。すみません、うろたえたりして」
「無理もないわ。ルークだけじゃなくて、ここにいる誰もが彼女を畏怖せずにいられない。私でも、存在を感じるだけで緊張するもの」
あの強い姉が、名前すら口にすることを遠慮するような存在。それは『彼女』が光竜に匹敵する種であるということを示していた。
ブラウンドラゴンのルークでは、及びもつかない存在。そんな相手が自分を歯牙にかけることなどないはずで、視線を感じたのは気のせいかもしれない。
ルークはそう言い聞かせると、元老院に繋がる通路に向かった。

元老院には、皇帝を補佐する執政官が詰めている。執政官の中でも最も位が高い長老たちは、選帝侯家からの皇帝の選出においても、ある程度の影響力を持つ。
次期皇帝は、クリューヌ家の当主が最も有力であるとされている。皇帝が決まれば、他の選帝侯家の当主は皇帝に属する家臣として、皇帝のものである領地を封じられて統治するという体裁となる。
皇帝には竜としての強さも求められるため、ルークがウル家の当主となっても、皇帝になる可能性は万に一つもない。シャルムならばあるいはと言われていたが、クリューヌ家の当主は光竜と対になり、より強力とも言われる闇竜として生まれ、幼少から最強の名をほしいままにしてきた。
ルークは幼い頃、帝城を訪問した際に、クリューヌ家ともわずかながら交流を持った。しかし、その時の記憶が曖昧になっている。
(僕はこの目で、今のクリューヌ家の当主を見たはずだということになっている。でも、覚えていない)
何が起きたのか、シャルムも知っているはずだが、ルークに教えることはなかった。
一つだけ心当たりがあるとすれば、ルークの背中の、鏡を使わないと見えないところにある傷だ。しかしその傷がほとんど薄くなり、見えなくなる頃には、ルークは抜け落ちた記憶のことを疑問に思わなくなった。
――なぜ、そのようなことを今になって思い出すのか。ルークは思考を振り払い、前を見る。姉に選帝侯を譲る、そのためにここに来たというのに、怯えているわけにはいかない。
しかし、ルークたちの行く先にある、長老たちが待つ面会の広間から、煌びやかなドレスをまとった女性が姿を見せたとき。再びルークは足を止め、目を見開き、ただその姿を見つめる。
流れるような、背に届くほどの金色の髪。氷のように冷たく、見るものすべてを射抜くほど鋭い瞳。
長い睫毛に縁どられた瞳は、ともすれば憂いを帯びているようにも見える――しかし、ルークは悟っていた。その瞳にあるものは、炎。燃え盛るような感情の炎だ。
怒りしか持たないかのように苛烈で、けれど生を謳歌するように美しい。シャルムとはまったく異なる種類のものでも、彼女が美しいことは疑いようもなかった。
「……ユスティリニア。久しぶりね、しばらく会わなかったけれど、元気にしていた?」
ユスティリニアと呼ばれた女性が歩いてくる。ルークは思わず、一歩後ろに下がる――後ろにはサラがいて、控えめに受け止められた。
サラもまた、身体が震えている。この場にいるシャルム以外の誰もが、ユスティリニアを恐れ、畏怖を覚えていた。
「あなたこそ元気そうね……シャルム。ルークも連れてきてくれるなんて、会いに行く手間が省けて嬉しいわ」
「っ……」
ルークは思わず息を呑む。ユスティリニアに見られただけで、身体が固まる――上位種に威嚇され、身体が本能的に従属させられている。
竜は、下位の竜を捕食することがある。太古の昔には、あらゆる物を喰らい暴虐の限りを尽くした竜が跋扈したが、六竜帝国の始祖によって排除され、弱い竜でも強い竜に従うことで生きられる国が作られた。
以来、六竜帝国では同族の捕食を禁忌としている。しかしユスティリニアがルークを見る目は、その禁忌に触れると思わせるものだった。
「ユスティリニア、弟を怖がらせないで。それ以上は、視線を向けるだけでも乱心と見なすわよ」
シャルムがルークの前に出て、ユスティリニアの視線を遮る。それを見たユスティリニアは、さも愉快であるというように微笑んだ。
「怖がる……怖がるですって? 同じ選帝侯家の者同士で、何を怯えることがあるの? 私は、その子に見こみがあると思っただけ。ルーク=ウル、私はあなたに価値を感じているわ。そう、私の糧になるという価値をね」
「っ……あなた、まさか、本当に……」
糧になるという言葉の意味が、ルークの胸に深く恐怖を刻みこむ。
ユスティリニア=クリューヌ。帝国最強の闇竜ファーヴニルとして生まれ、生まれた時から最強種として君臨することを約束された存在。
彼女に、目をつけられてしまった。自分の弱さを認め、過ぎた権力を手にすることを望まず、息を潜めて生きていくつもりだったルークは、甘い考えだったと痛感する。
弱いものは、強いものの目を避けなければ、生きることすらままならない。
ユスティリニアから目をそらすことも許されず、ルークは弱肉強食の摂理を、生まれて初めて恐怖とともに理解していた。
「……心配しなくても、ここでシャルムと戦うつもりはないわ。そんなことをしたら、帝城が崩壊してしまうしね。自分の居城になる場所を壊してしまうのは愚行だわ」
「あなたは皇帝に最も近いと言われているわね。それは、誰もが認めることよ……でも、私の弟は私が護るわ。今はまだ、あなたの命令を聞く道理はないもの」
シャルムの答えを聞いても、ユスティリニアは気分を害した様子はなかった。近い格を持つ竜同士だからこそ、対等な会話が成立する。
しかしルークは違う。ユスティリニアが目の前に歩いてきても、姉より少し小柄ではあるが、自分より背の高い彼女を見上げるしかない。
どこまでも冷たく、けれど美しい。残酷なまでの力の差を感じながらも、ルークは宝石のような輝きを放つ闇竜の瞳に魅入られていた。
「選帝侯家の筆頭、クリューヌ家の当主として、ウル家のルークに申し入れるわ。私を力で屈服させるか、それとも――あきらめて私に喰べられるか。選びなさい」
「待ちなさい……っ、そんな蛮行が、まかり通るわけが……!」
「シャルム、あなたもわかっているはずよ。選帝侯家の間では、力量を比べるための決闘を行うことができる。その場で何が起ころうと、勝者に非難される言われはない。たとえ私が闇竜に変化して、この子を食べてしまってもね」
「……それ以上言わないで。そんなことを考えているだけで、私にはあなたを許すことができない」
ルークの心臓が締めつけられるように痛み、脈動は際限なく早まる。
ユスティリニアが皇帝に最も近いのならば、彼女がルークに決闘を申し入れたとしても、誰も否定できるものがいない。そこで何が行われても、最強の竜である皇帝を否定できる者などこの国にはいない――闇竜に匹敵する光竜を除いて。
姉とユスティリニアが戦えば、どちらもただではすまない。このままでは、自分を守ってくれると言った姉を、みすみす命の危険に晒すことになる。
戦いは今ここで始まってもおかしくはない。シャルムはすでに、ユスティリニアに隠すことなく殺気を向けている。光竜は、相反する系統である闇竜に本能的に敵意を持つものであり、場合によっては本人の意思に関係なく竜に変身し、争い合う危険があるのだ。
「さあ、答えなさい。いずれ来る死を待つか、抗ってその運命を逃れるか。私もシャルムも、それほど気が長くないの」
「……僕は……」
進化する見こみのない、ブラウンドラゴン。誰もが彼に期待せず、選帝侯家にふさわしくないと見なし、侮ってきた。
領民はルークの優しさを評価する。だが六竜帝国は隣接する国との争いが続いており、ウル家の領地にも、たびたび他種族の軍が侵入して武力衝突が起きている。
優しければ、弱くていいということではない。誰よりも、ルーク自身がよくわかっていた。
(僕は、ずっと姉上に守られてきた。それだけの、小さな存在……なのに、ユスティリニアさんは違うという。僕に、見こみがあると言ってくれている)
ユスティリニアの真意は、ルークにはわからない。しかし彼女が、弱いものを戯れにいたぶり、喰らいたいというだけで、自分に目をつけたのだとは思わなかった。
なぜならクリューヌ家の当主は誇り高い人物であると、六竜帝国の隅々にまで名声が届いていたからだ。
そんな彼女が、『自分を屈服させろ』という。ルークは震えていたが、それはもはや、怯えているからではない。
たとえ今は絶望的であっても、ユスティリニアはルークの可能性を認めている。
「……限りなくゼロに近い可能性だと、自分でも思います。でも、僕は……あなたにただ殺されるより、竜として精いっぱい戦いたい」
元老院の廊下にいて、固唾を飲んでルークたちのやり取りを見つめていた人々が、久しぶりにざわめいた。
勝てるわけがない、虫けらのように殺されるだけだ。すでに進化しきった闇竜であるユスティリニアが茶竜のルークを捕食しても、なんの利益もない――そんな、無情な言葉が聞こえてくる。
「静かになさい。彼は私の申し入れを受け入れた。彼を貶すことは私が許さないわ」
ユスティリニアの声が廊下に響くと、ざわめきが消える。彼女はルークを見てかすかに微笑むと、彼らの横を通り過ぎていく。
「ユスティリニア……あなた、本当は何を考えているの?」
シャルムがその背中に声をかけても、ユスティリニアは手を上げて応じるだけで、答えは返さなかった。
「姉上……申し訳ありません。こんなことになって……」
「……いいのよ、ルーク。よく、勇気を出したわね……彼女の威圧を一身に向けられながら声を出せただけでも、すごいことよ」
シャルムの言葉が意味するところは、ユスティリニアの関心は、初めからルークにのみ向けられていたということだった。
優しい姉が、殺し合いをするところを見たくはなかった。叶うのなら、自分が強い竜に生まれ、姉を守りたかったと思う。
それはとても難しいことで、誰もが不可能だと言うのかもしれない――それでもルークは姉に強く抱きしめられながら、心から渇望した。どんな試練を乗り越えてでも生きたいと。

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