【2017年7月18日】

最弱魔王ですがプロローグを公開です

葉原鉄が贈る、魔王ファンタジー!

プロローグ公開です!

 

プロローグ
業魔都の城下で飲む小悪魔ミルクは甘い。
口内でねっとり尾を引く甘さに、舌の根を刺すような苦みがともなう。
雑然として安っぽい味は、そもそも材料に起因している。
インプ茶のクズ葉を水で煮出し、ブラウニー牧場のミルクを入れたら軽く煮立て、ピクシー印の蜂蜜酒を加えれば出来上がり。安物づくしでも最低限飲めるものにしようという工夫が涙ぐましい。
(この出来損ないみたいな味がいいんだよなぁ)
クルードは目深にかぶったフードの下で、自然と口元をゆるめていた。
人間経営の粗末な酒場。カウンター席の隅に座り、薄汚れた木の杯で小悪魔ミルクをチビチビ飲る。口のなかは甘ったるく、周囲の空気は恨みがましい。魔族の圧制下で労働の日々を送る人間の不満が、店内にじっとりと充ちていた。
この雰囲気に身を浸していると日常の疲れが癒される。
すい、とカウンター越しに皿が出された。
「ご注文の絶品うまうま煮豆でーす!」
「待ってました!」
クルードは嬉々として、ぐずぐずに煮崩れた豆をスプーンで口に運んだ。
「ッくぅー、たまらん! この味付けもろくにされてない豆が口のなかでぐじゅぐじゅになる感覚……! 豚の餌食ってる気がしてきた!」
「あはは、そーゆーのは女将さんに聞こえないよう小声で言ってね」
カウンターの向こうで給仕娘が怒るでもなく相好を崩していた。彼女の気安い態度がありがたい。陰鬱な空気も味があるが、話相手は明るいほうが楽しい。
「いやいや、褒めてるぞ? ショボい食材を工夫してギリギリなんとかブタの餌にしてるところがいいんじゃないか」
「それ褒めてないって、全然褒めてない」
「だって、こういう酒場にピッタリの味だろ。出来損ないでも存在していいんだっていう包容力? お上品ぶった高級料理なんて出されたらキレてた」
「あはは、ひっどいよ、お客さん」
「だいたい表通りの酒場なんて、高級な材料を丸焼きにするだけで、おまえら結局味もクソもわかんねぇだろって惨状だぞ」
「表通りの酒場に入ったことあるの? あそこらへんって魔族の御用達だけど」
失言だった。少女は心配そうに目元を覗きこもうとする。
クルードは顔を逸らしてぼそりと呟いた。
「……金がなくて、残飯を漁ってた」
「あ、なら安心だね、あはは、よかった」
ころころと表情豊かに笑う人間だ。少年のように快活な笑顔が赤褐色の短髪によく似合う。人間基準なら十代なかばか、すこし上の年ごろだろう。先週から働きはじめた新入りだが、物怖じしなさは若さゆえか。
くらべてみれば、まわりの客は怯えの表情が相貌にこびりついている。
(五十年も魔族に支配されてりゃ当然か)
場末のボロ酒場は人間の溜まり場だが、一歩外に出れば魔族の縄張りだ。人間はただ労働力としてのみ生存を許されている。
「でも最近思うんだけどさ、ここって案外平和だよね」
給仕娘のなにげない発言に酒場の空気が張りつめた。魔族に搾取されるひとびとにとって、その発言は聞き捨てならないものだろう。
彼女は雰囲気の変化に気づいていないのか、平然と話をつづける。
「よそはもっと厳しいんだよね……最低限の食事を与えて使い潰すだけで賃金なんて出ないし、そもそも人間用のお店がなかったり」
当然のことだとクルードは内心でニヤついた。業魔都はゲネス魔王国の首都であり最先端だ。支配体制も理屈と効率に基づいている。
「使い潰すなんて下策だ。対価と余暇を与えたほうが人間はよく働く」
「あと、労働といえば単純な力仕事って感じ? 業魔都だと細工仕事とか帳面の仕事なんかも人間にやらせるけど、お外はほんとーに牛馬の代わり」
「バカバカしい話だな。力仕事なんてオーガにでもやらせればいいのに」
人間の頭脳と手先が貴重な資源になりうることに、多くの魔族は気づいていない。個体単位で強大だからこそ、原始的な弱肉強食から脱却できないのだ。
「……王都がマシになったのはこの五年ほどのことじゃよ」
テーブル席で痩せぎすの老人が言うと、まわりの客も次々に口を開いた。
「ああ、五年前に先代魔王がおっ死んでからだ」
「二代目が王位についてからは職場の死人も一気に減ったな」
「酒だってこうして気軽に飲める……魔王ゲネシウス二世万歳!」
にわかに酒場が活気づいてきた。
(そうだろう、そうだろう、二代目に変わって時代も変わっただろう)
クルードはニヤけそうになる口元を抑え、つとめて平静な口調を装った。
「つまり、二代目はいい魔王ってことか」
「いい魔王っていうか……弱、って感じがする」
なんだと。クルードは口を滑らせかけた。
「弱腰って感じだよな。付け入る隙ありまくりな?」
「先代のときは文句を一言でも言ったら殺されるってピリピリしてたけど、いまは気軽に死ねって言えるしな。死ね、魔王」
「噂じゃ各地の魔王軍が人間の軍に負けはじめてるって話だぜ、死ね魔王」
「魔族殺しの勇者さまも大活躍してるって話だな、死ね魔王」
「狡猾な悪魔大元帥アマルティウスも先代につづいて死んだからな、もう軍略がわかるようなオツムの持ち主は魔族にいないのさ。死ね魔王」
「アマルティウス麾下の悪魔たちは魔王軍から離反したってな、死ね魔王」
「ありがたいこった! 当代の魔王陛下は将の器にあらず! 死ね!」
いや、そうではない。敗北などしていない。ただ管理しきれない土地を痛み分けの形で返上しているだけであって――
などという擁護意見が、クルードの喉まで出かかっていた。
「安心するのはまだ早いんじゃないかなぁ」
給仕の少女が加熱する客席に冷や水をかけた。
「先代魔王と悪魔大元帥が消えても、四天王は三人も残ってるでしょ?」
圧倒的な現実に酒場の空気が淀んだ。
「そうだった……まだあのバケモノどもが三匹もいるんだった……」
「そうだ……! やつらがいるかぎり人間には絶望しかない……!」
恐怖に上擦った声が徐々に高まり、やがて狂気じみた金切り声へと連鎖した。
「暗黒大司教ノスフェラティア! 魔王に魂を売った狂信者たちの主! 妖艶にして残酷なる女吸血鬼! やつの吸ってきた血は大地を赤く染めるほどの量だ!」
「大邪竜テュポーン……! 全生命の頂点に立つドラゴン最強の個体! 暴嵐の化身、単身万魔殿! ヤツ一匹で十国の軍隊が消し炭となる!」
「極東は鬼神列島からの使者、鬼姫ダキニ! 目的不明、正体不明! わかるのはただ、異国情緒ゆたかな可憐な美貌ばかり――見たことはないが!」
三人がかりの口上にひとびとは「おお」と圧倒された。
「……はい、以上、魔王軍宣伝のお仕事でした」
クルードはずっこけそうになった。
人間を利用して魔王軍の威信を喧伝すべし、とは亡き悪魔大元帥の策謀だ。仕掛け人が消滅したことで、仕掛けのみが形骸化して残ったのだろう。
それでも一定の効果はあるらしく、酒場は沈鬱な空気に支配された。
「二代目魔王がショボくても四天王がいるかぎり絶望だ……」
「二代目は威厳もないけど、四天王は怖いよな……ちくしょう、二代目死ね」
だれのおかげで酒飲めてると思ってんだこん畜生。
クルードは苛立ちごと小悪魔ミルクを飲み干し、カウンターに銅貨を置いた。
「ごちそうさん、またくるよ」
「次こそはそのフードの下の顔見せてね、お客さん」
給仕の少女と手を振り合って陰鬱な酒場を出た。
業魔都の街並みは五十年前の人間統治時代と大差ない。
ただ、空を見ればドラゴンも飛び交っている。すれ違う相手も魔族ばかりだ。ゴブリン、オーク、トロール、オーガ、などなど。
彼らに難癖をつけられないよう、すこしずつ偽装魔法を解除していく。
丸かった耳が尖り、肌の色が浅黒くなった。
瞳にきらめく金色は濃密な魔力に裏打ちされている。
これで偽装を半解除といったところ。全身から魔の臭気がにじみ出るので、人間と間違われる心配もあるまい。
フードだけは目深にかぶっておく。素顔を解放するのは帰還してからだ。
「いまから気が重い……」
クルードの見つめる先は業魔都の中央にある。
地獄の炎のごとくささくれだった王宮――魔王の玉座のある場所。

クルードは王宮の自室にこっそり帰ると急いで服を着替えた。
商人風の薄汚れたローブを脱ぎ捨て、父から受け継いだ礼服を身につける。金縁で飾りつけた漆黒の上下と、びっくりするほど襟の立った黒マント。
さらけ出された髪は王宮に負けず劣らず、燃えあがるよう紅蓮色。額からは黒く禍々しい一本角が伸び、全身には天然の魔力紋たる《涜神のイバラ》が刻まれている。それらもすべて父から受け継いだものだ。
壮麗な出で立ちにへの字口で威厳を装い、廊下を堂々と闊歩する。
「きたれりや! 魔王ゲネシウス二世陛下きたれり!」
バンシーの声が響きわたり、視界の魔族が片っ端から膝をついていく。
(そうだ、俺は魔王だ……魔族を統べる魔王なんだ……いちおう)
廊下の突き当たりには背丈の三倍ほどの扉がある。
左右に控えた一つ目巨人が開放すれば、その先に闇がわだかまっていた。おびただしい魔力と妖気が光を翳らせていのだ。
広間全体に凄絶な重圧感が満ちており、自然と全身が緊張する。人間なら魂が圧壊しかねないし、下級の魔族なら泣いて土下座するだろう。
(俺も吐きそうだ……喰ったばっかりのミルクと煮豆)
猛悪なる空気を醸成しているのは、たった三体の魔族である。
「待たせたな、わが血と肉たるものどもよ」
クルードは出しうるかぎりの低い声で精いっぱいの威厳を示した。
最強の魔族たちは姿勢をあらためるでもない。あくまで平常心だ。
「ワハハッ、遅い遅い! 待ちくたびれましたぞ、若! 臣下に無為な時間を強いるところは先代によく似ておられる!」
玉座前の階段に大股を開いて腰を下ろした、二本角のちんちくりん。
魔王軍の最大戦力、大邪竜テュポーン。
特濃の魔力が限界まで凝縮した結果、その姿は童女にしか見えない。
彼女とは逆に特大の胸をぶら下げた修道女が、階段手前で宙を見あげている。
「あぁ……わたくしがいまなお敬愛するゲネシウス一世陛下であれば、待つことすら至福の時間になりましょうに――あのころが懐かしゅうございます」
狂信者を統べる吸血女王、暗黒大司教ノスフェラティア。
おっとりした面立ちながら、残虐性なら故悪魔大元帥に次ぐ危険人物だ。
そして最後に、筋骨隆々の巨人が無言で柱に背を預けている。
「………………」
極東鬼神列島との同盟の証、鬼姫ダキニ。
噂の可憐な姫君なんてどこにもいない。オーガ顔負けの筋肉達磨が、ハンニャなる鬼女面をかぶっている。
「みな壮健な様子な様子でまことに結構」
クルードは四天王(欠員一名)のあいだを大股で通りすぎた。本音で言えば全力で退転したいが、王の矜持を振りしぼって耐える。
玉座への階段を登りきると、大げさにマントをひるがえして振り返った。
「では軍議をはじめよう。まずはタルパ地下王国について――」
「ワハハッ、それならば今朝がた吾が落としてきた! お望みのオリハルコン鉱脈とドワーフの鍛冶技術はすでに魔王国のものである!」
「そうか、よくやった。あとは文官どもに段取りを組ませよう」
いきなり拍子抜けしたが、話が早いのはありがたい。
「次にマグノリヤ公国の切り崩しについてだが……」
「わたくしの眷属が工作を完遂し、号令を待ち呆けております。いかがなさいますか、クルード王子?」
「……計画通り王弟派の反乱を支援し、王の首をすげ替えよ」
ノスフェラティアの無礼な口利きはとりあず看過する。
「あー、ときに以前、南の森で神獣の気配があったと耳にしたのだが……」
「……喰った」
「え、あ、そう? ……うまかったか?」
ダキニは小さくうなずいた。
その後も一事が万事この調子で、クルードが関与する余地はどこにもない。だれもが好き勝手に行動してゲネス魔王国の繁栄に貢献している。戦力の個体差が大きすぎる魔族において、独断専行は日常茶飯事ではあるが――
(俺、いらなくね……?)
結局、クルードは最後まで自分の存在意義を見つけられなかった。
「――これにて軍議を終える」
「ならば若、楽しい楽しい特訓の時間といきましょうか!」
大邪竜テュポーンの眼光に射貫かれて、クルードは生き地獄を予感した。

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