【2017年9月25日】

中堅冒険者と年の差パーティのごく幸せなハーレム出だし公開!

朱月十話/兎塚エイジが贈る日常ハーレム&無双バトル!

プロローグ
日陰に咲く無垢な花を見つけたようなつもりでいたのかもしれない。
グウィン=ヘキサロードは、今さらになってそう自分を省みる。
何かを失ったと感じる権利は、自分にはない。彼はそう考えているので、さほど今の状況に落ちこんではいない。そう思わなければ、やるせなかった。
グウィンは毎週一度、彼女――サテラが娼館の名簿に名前を載せなくてはならないとき、いち早く予約をして、彼女が出勤する一刻半を金で買っていた。娼婦と客、ただそれだけの関係だった。
商売を失敗した家を助けるためという事情で、サテラは娼館で働くことを選んだ。彼女の父親は膨大な借金から逃げるように姿をくらませ、サテラは幼い弟妹を見捨てるわけにいかず、彼らを養うために夜の仕事を選んだという。
容姿が優れていれば、週に一度客を取るだけで済む。そういった仕事の仕方をする娼婦は少なくない――一日に名簿に載るのは二十名で、登録している娼婦は百名を超えているということもままある。
しかし覚悟を決めて娼婦となったサテラは、グウィンが知る限り、最後まで男に抱かれることはなかった――彼自身も含めて。
グウィンは仲間に連れられて、二年前、三十三歳にして初めて娼館を訪れた。
童貞を捨てたいと思っていたのは確かだが、十六歳になったばかりのサテラを前にして、彼は彼女にまったく手を出せなかった――目に見えて緊張している彼女を見て、甘いことなのかもしれないと自覚していたが、彼女が処女なのだと感じたからだ。
サテラは若いが女性としてすでに成熟していて、容貌も肌が白く、艶のある長い黒髪も、総じてグウィンの琴線に触れていた。抱かないというのは相当な忍耐を強いられる選択だった――だが、最初踏みとどまってしまえば、二度目から抱くという選択は、彼にとってはありえなかった。
サテラと話す時間を買うために、グウィンは代金を支払った。その金があれば家族の暮らしを支えてやれると、彼女は一度だけ自分の身の上を話した。
グウィンはサテラの借金を肩代わりしてやり、娼館から抜けさせてやることで、初めてしがらみなく接し、話すことができると思っていた。
この二年間、冒険者として稼いだ報酬のすべてを、そのためにひたすら貯めた。
そして金を用意して娼館に向かったグウィンを前にして、「申し訳ないのですが」と娼館の支配人は言った。
サテラは一足違いで、慈善事業で娼館の娘を身請けに来た貴族によって、グウィンが用意した金額の倍額で引き取られていた。
第一章 少女剣士の弟子入り
1 灰色の狼亭
このオレルス王国において、二番目に栄えている都市『冒険都市スタルティア』。
グウィンが冒険者となって、長く拠点にしている街――その名の通り冒険者の集う場所であり、国や貴族、商会、一般人と、あらゆる層からの依頼がこの都市のギルドに集まる。
しかしそのギルドが全部で三十もあるとなれば、依頼の数は分散し、所属している冒険者の実力と知名度によって、上位と下位のギルドに自然と分かれる。
グウィンが所属するギルドは『灰色の狼亭』という。下位ギルドで、筆頭冒険者であるグウィンは、高いとも低いともいえない中間の『Cランク』だ。
彼の実力的にはBランク以上を狙えると一部の知り合いから言われているのだが、どうも巡り合わせが悪いというか、昇格の機会に恵まれていない。一人でもBランクの冒険者がいれば、グウィンのギルドも上位ギルドの端っこには引っかかるのだが、現状は下位ギルドの地位に甘んじていた。

灰色の狼亭は中心街の外れにあり、立ち並ぶ集合住宅の中に紛れている、知る人ぞ知るギルドである。この立地条件も、仕事が持ちこまれにくい要因ではあるのだが、立地のいい場所にギルドを構えるにはそれなりに金も必要になる。グウィンは賃料が銀貨十枚で済むこのあたりの物件が、自分たちの身分に相応であると考えていた。
グウィンは『灰色の狼亭 営業中』の札がかけられた扉を押し、中に入る。ギィ、と少し錆びた音がした。
(近いうちに日曜大工で修理しないとな……)
「おやおや、グウィンではないか。ギルドに顔を出すのはしばらく先になると思っていたが、どうしたのじゃ?」
「客かどうかなんて、俺の魔力だけで感じ取れるだろうに」
店に入ってきたグウィンを見て、カウンターの中にいたエルフの少女――長命な種族なので少女の姿をしているが、本当は百歳を超えている――は、大きな瞳を楽しそうに瞬かせ、驚いたふりをして言った。
ギルドの受付嬢のような制服を着ているが、彼女自身がギルドマスターであり、グウィンは彼女に雇われているという体になっている。三十五歳のグウィンでも彼女にとっては子供扱いで、まるで母親のように接してくることがあり、グウィンも実際に彼女が育ての親であることから、強く否定することはできずに今に至る。
彼女の名はセプティナ=ヘキサロードという。グウィンと家名が同じであるのは、彼は十五歳のときにセプティナに拾われた、いわば養子であるからだ。
「ここにいることが答えだ。まあ、俺には分不相応だったみたいだな」
身請けのために用意した金――金貨千枚。Cランクの冒険者の年収の三倍に相当する金額。グウィンはそれをかなり無理をして貯めたが、用途がなくなってしまった。
ギルドの一階は、冒険者たちの待合所、依頼客との交渉の場を兼ねるため、ふだんは酒場として使えるようになっている。グウィンはカウンター席に金貨の詰まった袋を置き、椅子に座って息をついた。
「ため息をつくと幸せが逃げると言うぞ。もう逃げられたなどと、あまりからかうこともすべきでないな」
「特に落ちこんではいないさ。そういうこともある、俺より金があるやつに引き取られたんだったら、それは……」
「……一度も抱かずに、二年間毎週のように通い続けたのじゃろう? お主の手抜かりは、一度もサテラを女として見ていると伝えなかったことではないかや」
セプティナは説教のようにならないように言葉を選んで言う。グウィンがサテラと話だけをするために娼館に通いつめていると聞いても、少しだけ呆れはしたが、軽蔑するようなことはしなかった。
「このままお主に買われることが、彼女も申し訳なかったのかもしれぬな。週に一度、彼女の一刻半がいくらだったのかは知らぬが、それについては勉強料とするしかないか。わらわが補填してやると言っても、お主は嫌がるじゃろうしな」
「気持ちは嬉しいが、依頼さえ入ればすぐに稼げる額だ。それで女が買えるっていうのも、俺は代価に見合わない気がしなくもない」
「ふふっ……銀貨一枚で春をひさぐ女もいるというのに。お主のような男ばかりなら、世の中は幸せな女が増えるじゃろうな。男に稼がせて楽をして生きるということを、推奨するわけでもないが」
まだ彼女に拾われたばかりの頃は、こんな話をすることはなかった。グウィンはこの二十年で一応大人になりはしたが、身体ばかりは大きく筋肉がついても、肝心の部分が成長していないのではないかと考える。
「娼館で知り合った少女を妻とせずとも、女は他にいくらでもいる。切り替えられるのなら、そうすることじゃな」
「……すぐにはそういう気分にはならないが。とりあえず仕事に励んで、頭をすっきりさせたい。このまま帰るのはどうもな」
「こんな時に自分の部屋で一人酒などすれば、それは虚しい気持ちになるじゃろうな。仲間を誘うなり……そうさな、たまにはわらわと二人で飲むか?」
「遠慮しておく。それこそ、あんたに情けない姿は見せられない」
「そうか……お主がそう言うのなら、無理強いはできぬか」
グウィンも酒には強い方だが、エルフのセプティナは酒を魔力に変えられる体質であるため、わざと魔力変換を止めたりしない限りは酔うことがない。
自分だけが酔って、サテラのことで何か愚痴ったりしてしまうような、たまらなく情けない事態も起こりうる。それは、グウィンにとって避けたい事態だった。
別に彼女を悪く思っていないし、貴族のところでいい暮らしをしてほしいと思っている。グウィンはすでにそう結論を出していた。
「……お主は、気が優しすぎる。わらわのことなど気にせず、恨み言でもなんでも聞かせてくれればよいのじゃ。遠慮などいらぬ、可愛い息子よ」
「そ、それをやめてくれと言ってるんだが……俺の方が、見た目ははるかにおっさんだぞ。父親と娘に見られるくらいだ」
「なにを言う、わらわはそこまで少女じみた容姿はしていないぞ。それは、この格好をしているとけなげなメイドにでも見えるのかもしれぬがな」
セプティナの職業は『ハイ・ソーサラー』であり、上級魔法を使いこなす、冒険都市でも屈指の魔法使いである。『万年中堅』というグウィンの二つ名とは違い、セプティナは『全知の賢者』という立派な二つ名を持っているが――その容姿から、一部では『永遠の魔法少女』と呼ばれていたりもする。最も、本人が聞けば肩をすくめて苦笑するだけだが。
グウィンの職業は『剣士』であり、上級職ではない。Aランクに認定されているセプティナならば、同じランクの仲間と共に活躍できそうなものだが、地位と名誉に興味はなく、ただグウィンと冒険者稼業で金を稼ぎたいというだけで、ギルドを設立した――彼らは現状、個人営業主と雇われ冒険者の関係だ。
「な、何をじっくり見ておる……けなげなメイドという表現がそそってしまったというのなら、止めはせぬがの」
「い、いや。悪い、変なことを考えてたわけじゃないんだ」
セプティナはまだ十三か十四かというくらいに少女そのものの容姿をしているが、メイド服のエプロンがぱつんぱつんになるほどには胸が大きく膨らんでいる。不老の彼女は胸の張りがあと五十年は衰えないらしい――そう言ってグウィンの前で自慢げに胸を張っていたことがあったが、母親的な言動をする彼女に異性を感じさせられるというのは、妙に背徳感があって困ったものがあった。グウィンはマザコンではないと自認しているが、どうにも母性を感じさせる女性に弱いというのは、認めざるを得ない。
サテラも弟妹の話をするとき、まるで神に信仰を捧げる聖女のように慈悲深い表情を見せた。グウィンはそんな彼女が、買われた先で不幸にならないようにと願う。
「思い出したように、未練を隠しもしない顔をするでない。まあ、二年も続けた習慣がなくなったのじゃから無理もないがな。親しい友人を失ったような気分でもあるじゃろう」
「……そうだな。俺たちは友人だった。そうだといいな……」
別れの挨拶ひとつなく去っていったサテラのことを、必要以上に美化することはない。しかし、グウィンはただ貢がされただけだとも思ってはいなかった。
グウィンは自分が彼女の借金を肩代わりしようとしていたことなど、サテラが気付いていなければいいと考える。それならば、自分で使うために金を貯めていたというだけで済むのだから。
2 森の中の出会い
グウィンは少し考えて、金は中古の家を買うために使うことにした。
ギルドの近くにある集合住宅の部屋を借りて長いこと暮らしていたが、持ち家でも手に入れてそこに金を使うというのはどうだろうかと考えたのだ。
彼の趣味は、見かけによらないと周囲からはいつも驚かれるが、薬草の栽培である。部屋のベランダでハーブの鉢植えを並べて育てているが、軽い傷や風邪などなら、自家製ハーブを調合して作ったポーションで治療することができる。
セプティナは『容姿も悪くないし、身体も鍛え上げられている。それでいて家庭的で勤勉なのに、お主は女性関係に恵まれぬのか』と真剣に不思議そうにしていたことがあったが、そういう条件が揃っていても別に女性にもてるという保証はなく、グウィンはそれを理不尽とも思わない。
男と女しかいない世界だからといって、絶対に恋愛関係を結び、子供を産み、次の代に繋げていく必要もないのではないか。
グウィンがそう言うと、妻帯者の冒険者仲間からは『一度は結婚してみると価値観が変わるぞ』などという上から目線の説教を受ける。グウィンにとっては非常に大きなお世話であるが、家庭を持ち、家族を養っている彼らは素直に凄いと思うので、そこまでの怒りは抱かない。
要は、自分の感情の起伏の少なさ、情熱のない停滞期の冒険者ぶりが、女性から見て魅力的に映らないのではないかと、グウィンは自己を省みる。
(枯れてるわけじゃないんだがな。魅力的な女性を見れば心は動くし、サテラを妻にしたいと思いもした。だが、皆の言う通り、俺はずれてるんだろうな)
娼館ではなく、他のところで出会いを求めるべきだと何度も言われた。女性を紹介されたこともあるし、悪くない感触で、次に会いたいと言われたこともあった。
だが気乗りしなかった理由が、グウィン自身もよくわかっていない。同じギルドの後輩から、『セプティナさんみたいなとびきり綺麗な人とずっと一緒にいたら、普通の女性では魅力を感じなくなるんじゃないですか』と言われたこともあったが、その時は笑って否定した。
その姿を見たものの九割が恋に落ちるとまで言われるセプティナだが、彼女はあくまで恩人だ。グウィンはその魅力をよく知っているが、自分の手に届くものだと思ったことは一度もない。
だから、セプティナ以上の女性でなければ心が動かないということはない。
ないはずなのだが――サテラがいなくなり、グウィンをいつものように迎えてくれた彼女を見て、彼は少しだけ想像をした。
出会った頃一度だけそうしたように、彼女の胸に身を預けたら、どれだけ楽になれるのだろうと。
(だが、俺はもうセプティナに甘えていいほど若くない。大人として心のわだかまりを晴らすために選べる方法は、何でもいいから仕事をして、一人で祝杯を上げるくらいだ)
今は仲間と会いたいとは思わない、サテラのことを話さなければならないのは気が重い。
そこでグウィンは、セプティナから今ある仕事をもらい、ダリルウッドの森にやってきた。ここは冒険者になりたての、Fランク冒険者がよく依頼でやってくる場所で、だいたい依頼内容は魔物の素材を代わりに集めてほしいとか、薬草などの素材採集をしてほしいというものだ。
グウィンも冒険者になりたての頃は、ここで魔物を狩ったり、ひたすら素材を集めたりしたものだった。Cランク冒険者が行くような場所ではないのだが、あいにくちょうどいい仕事がなかったので選択の余地がなかった。
(それでもありがたい。ジャイアントムームの討伐でも、無心になってやってれば、気は紛れるからな)
ムームとは毛皮に覆われた、リスのような姿をした魔物である。繁殖力が強く、よく森から周辺の村に足を伸ばして作物を荒らす。狩っても狩っても増える上に、野菜や果物を食べたムームは食料としても需要があるので、ゴブリンなどを倒して稼ぐことのできない初級冒険者の飯の種となっている。
グウィンはといえば、条件次第だがトロルやオーガの類までは一人で討伐することもできる。ジャイアントムーム五匹の討伐は、正直なところ順調に遭遇することさえできれば、彼にとっては朝飯前という難度にすぎなかった。
しかし、ダリルウッドの森にはムームだけでなく、他にも色々な魔物が生息している――中でも、依頼が出されても初級冒険者は簡単に受けてはならない、注意すべき魔物が。
「――出たわね、破廉恥スライムっ!」
ハレンチスライム――そんな名前の魔物はいないのだが、前方の森が開けたところで、グウィンは誰かの叫ぶ声を聞いた。
正確には、普通にスライムという。しかしそのスライムこそが、ただのゲル状の軟体生物と侮ってはいけない、『初心者殺し』の強敵であったりする。
(スライム討伐で、ちゃんと抑えるポイントを理解しているかどうか……まあ、理解してるから依頼を受けてるんだろうが……ん……?)
グウィンは普段、他人の仕事に干渉することは少ないが、今日は何かが引っかかり、スライムと戦闘している誰かの様子を見ようという気になる。
そこにいたのは、軽量の剣と盾を装備した、魔法剣士らしき少女だった。彼女はこともあろうに、『青いスライム』に向けて炎の魔法を放とうとしている。
「お、おいっ、それは……!」
「蒸発させてあげる……『火炎球』!」
スライムは色によって、弱いものでも魔法に対する耐性を持っている。もし、耐性のある魔法で攻撃してしまうとどうなるか。
少女の放った火炎弾を受けると、青いスライムはそのエネルギーを吸収し――ブルブルと震えて、吸収した分だけ肥大化したあと、二つに分裂した。
「そ、そんな……スライムなんて、どれも炎でやっつけられるんじゃ……きゃぁっ!」
しゅるん、と一匹のスライムが触手を伸ばし、魔法剣士の少女を絡め取る。スライムは鈍重に見えるが、触手を伸ばす時は肉食の獣なみに素早く、そのギャップを知らない多くの冒険者たちが、油断して犠牲となることは多い。
「くぅっ……うぅ……こ、こんなことして……絶対に許さないわ……っ」
手足を絡め取られ、吊し上げられながらも少女は強気のままだ。一人でこの森に来るくらいだから、腕にはそれなりに自信があったのだろう。
(だが、初心者だ。冒険者にとっては『知らない』ことは命取りになる)
「だ、だめっ……それはっ……わ、私の大事なっ……んぁぁっ……!」
あれよという間に、グウィンが冷静に見ている場合ではなくなっている――ハレンチスライムと言われただけあって、ただ獲物から養分を吸収しようとしているだけなのに、淫らな責め苦を加えているようにしか見えない。
太ももを伝って、スカートの裾からスライムの触手が入りこむ。スライムは湿気と、女性の愛液を好むという――よくスライムにやられた女性冒険者が、それまで交際していた男性と別れてしまうことが多いのは、スライムの与える快楽が尋常なものではなく、普通の男では物足りなくなってしまうからなのだ。
「……と、見てる場合じゃないな。そこの少女、助けてもいいのか?」
「っ……わ、私は……まだ、戦える……こんなスライムになんて……ひぁぁっ……せ、背中はだめっ、入ってこないでっ……ふぁぁっ……!」
こうして見ると、冒険者という稼業がまったく似合わない、まるで姫君のような美少女だとグウィンは思った。
赤色の髪が特徴的で、同じ色の燃えるように赤い瞳には、情熱的な輝きが宿っている。年齢はかなり若く、十代前半ではないかというほど、上品ながらあどけない顔立ちをしていた。
「報酬は分けなくてもいいから、助けさせてもらえるか……いや。このハレンチなスライムとやらが気に食わないから、退治するというだけでいいか」
「はぁっ、はぁっ……た、ただの剣士でしょう、あなた……魔法を使わないで、スライムをどうやって……」
どうやって倒すのか。グウィンはそれを指導してやるような気持ちで、自分の拳に魔力を集め始めた。
「っ……ま、まさか、スライムを拳で倒すっていうの……? そ、そんなことしても、こんなに柔らかいのに、通じるわけっ……」
「スライムには核がある。そこは周りの軟体と違って、打撃を食らうと脆い。軟体に阻まれないように、核まで貫通させてやる必要があるがな……こんなふうにするんだ」
スライムはグウィンが殺気を放っていることに気づいたのか、一匹が少女への責めを中断し、グウィンに触手を伸ばして襲い掛かってくる。だが魔力で包みこまれたグウィンの拳は、魔法生物であるスライムの攻撃を弾くことができる。
「――ふっ!」
パン、と触手の攻撃を弾いたあと、グウィンはスライムの本体に肉薄し、踏みこみながら掌打を繰り出した。衝撃がスライムの核に伝わり、ゼリー質の身体に波が走って――バシャッ、とただの水に変わって飛散する。
「……な……何をしたの……っ、んっ……んぅっ……そ、そこは、だめっていうのにっ……んぁぁっ……!」
スライムにも知能がある――少女を絡め取って人質にし、その間に反撃しようというのだ。
だがグウィンにとっては、少女が捕獲されていようと関係ない――もう、すでにスライムに『攻撃を加えている』のだから。
「……ス、スライムが……止まって……きゃっ……!」
ブルルッ、とスライムが震える――そして、ゼリー質が吹き飛び、核が爆砕する。
グウィンは先ほど踏みこんだ時に、地面を伝ってスライムに魔力を打ちこんだ。少女はスライムに吊るされているので、衝撃が伝わらなかった――だがスライムはひとたまりもなく、粘性を保てなくなって液状に変わり、周囲に飛び散った。
放り出された少女を、グウィンは走り寄って抱きとめる。スライムまみれになってしまったが、核を失って飛散したスライムは洗えば簡単に落ちるので、特に問題ではない。調理してデザートにされることもあるが、女性の愛液を好むと知っていると進んで食べようとは思わない。
「あ……ありがとう……」
鎧を剥がされかけ、スライムに貞操を脅かされかけて震えている少女が、グウィンの腕の中で礼を言う――こうして見ると、まだ若いのにそれなりに発育していて、抱きとめた腕に女性らしい柔らかみが伝わってくる。
「青いスライムは炎の魔力を吸収する。次からは気をつけるといい」
「……あ、あのっ……こ、このたびのお礼はっ、まことにっ……」
「ど、どうした。落ち着け、もう怖いスライムはいないからな」
グウィンからすると、娘のような歳の少女が必死にお礼をしようとするので、彼はつい父性をくすぐられてしまった。しかし『怖いスライム』なんて子供をあやすような言い方をしたのに、少女は目を潤ませ、縋るようにグウィンを見つめるばかりで、怒ってはいないようだ。
「……あなたのお名前は……わ、私は、フェリア……と言います……」
助ける前までと、少女の態度は百八十度変わってしまっている。危ないところだったのだから仕方ないが、ここまで怯えてしまう前に助けなければならなかった――そうグウィンは、行動が遅れたことを心中で詫びる。
「俺の名前はグウィン。グウィン=ヘキサロードだ。『灰色の狼亭』の冒険者をしていて、今日はジャイアントムームの討伐依頼を受けてきた。Cランクが受ける依頼じゃないが、それしか仕事がなかったんでな」
「……ジャイアントムームでしたら、さきほどこのスライムが捕まえて……」
「なに、捕食してたのか? うーん、骨だけだと換金してもらえないからな……ジャイアントムームは食用だから、そのまま持って帰らないと金にならない」
グウィンの話を少女はおとなしく聞いている。他人の依頼の話など、興味がなければつまらない話であるはずなのに、彼女はグウィンが一言話すごとに、相槌を打つように頷いている。
(さっきまでは気丈に戦ってたのに、これは……少し今後が心配だな)
若くして冒険者を志す少年少女は珍しくないが、多くが魔物の恐ろしさを知って、冒険者以外の生き方を選ぶ。今の彼女もそうで、スライム恐怖症のようになってしまい、初級冒険者が実績を積むための森での依頼が受けづらくなるかもしれない。グウィンはそこまで考え、思慮する――これから、彼女にどう接するのかを。
「……フェリアだったか。スライムを討伐する依頼を受けてここに来たのか?」
「は、はい……スライム五匹の討伐依頼を受けてきました。スライムは……は、ハレンチなことをする生き物だと聞いていたので、退治しようと思って……」
「なるほど、正義感が強いんだな。じゃあ、俺がコツを教えてやる。あと三匹、一緒に退治してやるか」
「そ、そんな……助けていただいて、そこまでのことをしていただくわけには……」
「そこまでかしこまらなくてもいいぞ。最初みたいに威勢がいいほうが、俺も安心する。スライムは適切な対応をすれば怖くない、俺のやり方をよく見ておくんだ」
「はいっ……い、いえ。コホン……ええ、わかったわ」
従順だった少女が、切り替わって剣士の顔になる。グウィンは笑って、まだ身体に力が入らない彼女を担いだまま、スライム討伐の続きを始めた。

3 初めての指導
赤いスライムは水の魔法を、青いスライムは火の魔法を、黄色のスライムは土の魔法をそれぞれ吸収する。一度覚えてしまえば、さほどスライムの弱点を突くのは難しくない。
つまり、他の属性の魔法なら吸収できないのだ。グウィンはフェリアに、赤いスライムに対して炎の魔法を使ってみるように指示した。
「っ……ファ、ファイア……」
「怖がらなくていい、絶対にうまくいく。もし襲ってきても俺が倒してやる……充分距離は空いているし、フェリアの魔法の威力も充分だ。自信を持って」
「はい、先生……ええいっ、『火炎球』!」
フェリアが剣を振り抜くと、彼女の前方に火球が生じ、スライムに向かって飛んでいく――そして、赤いスライムはじゅわっと蒸発するようにして消え、核がその場に落ちた。
「や、やった……やりました、先生!」
「やれたじゃないか。だが、先生っていうのは……」
「何をおっしゃるのです……い、いえ。何を言うのです、グウィン先生。貴方は私の先生ですわ……ではなくて、紛れもなく先生です」
「な、何かお嬢様っぽい言葉が混じってないか? 自然に話してくれていいんだぞ」
「お、お嬢様……そんなことはまったくありません、私は冒険者フェリアですわ。先生、それよりスライムを倒せたのですけど……」
フェリアは子犬のような目をして、グウィンの様子をうかがう。グウィンは何を求められているのかと考え、もしかしてもっと褒めてほしいのだろうか、と思い当たる。
褒めて伸ばすというのは確かにわかるのだが、娘のような年齢の冒険者を手なづけているようで、何か後ろめたさを感じてしまう――少女好きと噂が立ってしまったら、将来的にも嫁がもらえなくなるのではないかというところまで心配する。
「……そ、そうですよね……いえ、そうよね。先生からしてみたら、スライム一匹を倒したところで、そんなに褒めることじゃないし……」
「いや、褒めることだとは思ってる。だが、俺も人に何かを教えるなんて初めてだからな。どうやればいいのかわからん……間違ってたら怒ってくれて構わない」
「あ……」
グウィンはフェリアに近づき、いつもつけているグローブを外して、ぽふっと彼女の頭を撫でた。
「……よくやったな。あと二匹、慎重に討伐して、胸を張って町に帰るぞ」
子供扱いするなと拒絶されるかとグウィンは思ったが、そんなことはまったくなかった。
「ふゃぁ……きもちいい……」
(……まさかこんなに懐かれるとは。困ったぞ……こういう場合の対応にはまったく慣れていない。経験が不足している)
本来は気が強い性格だろうに、グウィンに撫でられているフェリアは顔がほんのり紅潮して、心地よさそうにしている――まるで子犬のようだ。
(しかしこの顔、蕩け顔ってやつじゃないか……? そんな顔をこんな少女にさせて、俺は一体何を満足げにしてるんだ。調子に乗りすぎるのはよくない)
「さ、さて……そろそろ次に行くぞ」
「……もっと頑張ったら、また今みたいにしてくれますか?」
「はは……根がおしとやかな性格なんだな、フェリアは。わかった、いくらでもしてやるから。こんなおっさんに懐いても、あんまりいいことはないぞ」
「そんなことありません……いえ、そんなことないわ。グウィン先生は紳士だし、この人しか私の先生はいないと思ったんだもの」
憧れを隠しもしない目で見られ、グウィンは頬をかく。剣士ではあるが、布の部分が多い装備をしたフェリアは、まだスライムで濡れたところが透けており、目のやり場に困る部分もあった。紳士というのは買いかぶりすぎだとグウィンは思う。
「……フェリア、一つ聞いていいか。今、何歳だ?」
「っ……じゅ、じゅうご……いえ、十三歳だけど……」
(若いとは思っていたが、改めて聞かされると……二十二歳差? やっぱり親と娘ほどの年の差じゃないか)
グウィンはだらだらと冷や汗をかいてしまう――十三歳の少女に対して、何を思っていたのか。柔らかいだとか、スライムに責められていた時の反応が艶やかだったとか、この年齢の少女に対して考えてはいけないことばかりだ。
グウィンはこれほど年の離れた少女と接する機会はなかったし、セプティナも見た目だけなら少女のようだが、それとはまた違う。フェリアは長命なエルフではなく、本当に十三年しか人生を送っていない少女なのだ。
(こんな子が、俺みたいな中年男に引っかかったりするのはまずいよな……)
「……やっぱり、冒険者になるには若すぎると思ってる?」
気がつくとフェリアがグウィンを上目遣いに覗きこんでいた。
赤い宝石のような瞳で、心配そうに見つめる――いたいけで、保護欲を掻き立てられる仕草だとグウィンは感じた。
「っ……い、いや、そんなことはまったくないが。俺も十五の時に冒険者になったからな。もう、それから二十年にもなる。ずっとCランクのままだがな」
フェリアは頭の中で、数字を数えているようだった。十五で冒険者になり、それから二十年――つまり、三十五。
そこまで年上だったのかと思われるか、予想通りと思われるか。どちらにせよ、本来交流など持つわけがない年の差なのだから、フェリアもそれを踏まえて距離感を取るだろう――そうグウィンは思ったのだが。
彼女はグウィンを上目遣いに見たまま、胸に手を当てて、意を決したように聞いてきた。
「あ、あの……グウィン先生は、おひとり……ですか? それとも、奥さんが……?」
「いや、結婚はしてないが。この年まで、なかなか縁がなくてな」
できるだけあっさり事実を述べるが、グウィンの知り合いには二十歳までに結婚して所帯を持っている者が多く、三十五で未婚と言うと『もしや性格に問題が』『夜の生活に支障が』といろいろと邪推されてしまう。性格は自分で評価できないが、夜の生活に関してはまったく支障がなさすぎる。
サテラの借金を肩代わりするというのは、つまり彼女を身請けするということだ。だが、男女の行為が当然あるものだとは、グウィンは思っていなかった。悟りを開いたような生活が長く続きすぎて、男女が共に暮らせばそういうことになるというのが、理屈としてはわかっても絶対にそうでなくてはならないのか、と思ってしまう。
しかしそれも、結局言い訳でしかないと理解はしている。女性経験のないグウィンは、初めてで女性を満足させられるのか、あまり自信がなかった。
「先生……奥さんはいないのね。じゃあ、片想いをしている人がいるとか……?」
「い、いや、それもないぞ。一応女性の知り合いはいるし、俺のギルドのマスターにも長い間世話にはなってるんだが、そういうのとは違う」
「っ……よかった……」
「え……」
フェリアは物凄く嬉しそうな顔をする。まるで、一気に花が咲き誇るかのように――あまりに可憐な微笑みに、思わずグウィンは心を動かされてしまう。
「あ……い、いえっ、先生がお一人なら、私が一緒に冒険をしてご教示をしてもらっても、問題ないと思っただけよ」
「ま、まあそれはそうだな。でも、俺がついていくのは今日だけだぞ」
「……じゃ、じゃあ、出世払いで授業料を払うから、先生を借りるっていう依頼をしてはだめ? 冒険者なら、そういう依頼も受けることはあるでしょう」
「違うギルドの新人冒険者を教育するってこともそうはないぞ……それに、そうするんだったらフェリアのギルドに許可を取らないとな」
「それなら、ギルドの転属願いを出すわ。私は入ったばかりだけど、ちゃんとお仕事を終わらせたら、抜けてもいいはずよ」
スライムの件で、フェリアのギルドはフェリアに対する注意喚起を怠った――もしグウィンが来なければ、スライムに生命力を吸われ、衰弱死ということもあったかもしれない。
初級冒険者に対して、自分で魔物について学ぶことも大切だというギルドは少なくはない。フェリアはそのような、放任主義のギルドを選んだということだ。
「……なんとなく想像はつくんだが、フェリアはどこのギルドの所属だ?」
「冒険都市スタルティアでも一番大手だっていうから、『黄金の竜亭』に入ったわ」
その最大手ギルドは、いくらでも新人が入ってくるからというので、初級の依頼を新人に任せ、フォローをろくに行わない。
有望な新人くらいはしっかり面倒を見たほうがいいのでは、とグウィンはフェリアを見ながら考えていた。

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