【2017年10月25日】

まものフレンズ 出だしたっぷり公開

つまりはこれからもよろしくね!

バベリウス暦五百年 羽折月十五日
紙類を節約すべく、以降すべての記録は記憶に刻む。
これを仮に想記帳と名付けよう。
本日――正確には後日から回想しているのだが、記憶確認のため当日の状況を再現していることを補足する――私は帝国の崩壊を確信し、単身での船出を決意した。
大陸全土を襲う大嵐は一カ月が過ぎても衰えることがない。
海は荒れ狂い、黒濁した波が島も大陸も呑みこんでいく。
臣民も奴隷も家畜も区別されることなく餌食となった。
家も畑も工場も魔導院もいまごろ海の底だろう。
帝国の頂点に立つ魔法使いが総出で気象操作に取りかかったそうだが、雷でひとり残らず焼き払われとの噂もある。
最高位の精霊障壁をも貫く雷ならば、神の裁きと呼ぶ者がいるのも道理か。
帝国は不遜にも神の足に触れ、怒りを買ったのだと人々は嘆いた。
だとしたら、植民領の原住民はとんだとばっちりである。
私の赴任地である第十八植民領、シュメル高地も濁流に呑まれようとしていた。
高地なので助かるだろうと憶断した上層部にツバを吐きかけたい。
高地であるがゆえに避難用の船がろくにないのだ。
あるのはせいぜい川下り用の小さな船ばかり。飛翼船なら大型のものもあったが、お偉方を乗せて飛びたった直後、すさまじい風に吹かれて墜落した。
急造された大型船には我先に富裕層が殺到している。
諦めて家族と最後の団欒を決めこむ者もいる。
私はけっして諦めない。
目の前には紛れもなく船があるのだから。
充電式の魔力電池を内蔵した個人用クルーザー。
博物館に所蔵された百年物の骨董品である。時間の許すかぎり細かい部品を最新のものに付け替え、刻印式魔法陣の数々を修正していく。帝国魔導院卒の一級魔導技官である私ならできる。
そう、できたのだ。
小さな船の魔法式原動機は見事に動きだした。
ありったけの保存食を抱え、荒れ狂う大海原に打って出よう。
たったひとりの友を連れて、ただただ自分が生きのびるために。

 

序章 わが心の友、ドクロさん
「さあ、とうとうゴハンがなくなっちゃいましたよ、ははっ」
口に出してみると絶望的すぎて、ユートは思わず笑ってしまった。
時間停止の魔法陣が刻まれた食糧ボックスはすでに空。
キャビン中をひっくり返しても、缶詰はおろか菓子のひとかけも見つからない。残されたものは、盗人でもまだ加減するというほど散らかった部屋。
護身用の暗黒髑髏杖が男物のパンツをかぶっている様には苦笑しかない。
「苦労かけるね、ドクロさん……僕も絶望のどん底だから勘弁してくれ」
杖を手に取り、先端に付けられた頭蓋骨の飾りに語りかけた。
「気にすんナ。イカした帽子をありがとヨ、ユート」
裏声でドクロさんのセリフを読みあげる。軽く魔力を流しこむと目がピカピカ光って口がカタカタ開閉する。リアルな対話感がぼっち生活にはありがたい。
「でもどうすんダイ、ユート。生者は喰わなきゃ死ぬんだゼ?」
「食わなきゃ出さずに済むさ」
「出るもんのせいで紙も尽きたしナ、ハハハ」
チリ紙を多めに持ちこまなかったのは失敗だった。最終的に備忘録用の紙を使いつくし、いまや布で拭き取るしかない状態。
それでも腹はぐーぐー鳴るのだから、生き物というヤツは度しがたい。
「ダメ元で悪魔でも召喚してみるか。食い物くれそうなヤツを」
「食い物になってくれそうなヤツでもいいと思うゼ」
「それか可愛い女の子」
「おおっと、それはそれで食べちゃうわけカイ?」
「ドクロさんはシモネタが好きだなぁ、あはは」
「男のパンツかぶっちゃうようなガイコツだからナ、ムハハハ」
小粋なトークに心がほっこり暖まった。
暗黒髑髏杖との付き合いは長い。魔導院初等部の修学旅行で北方の植民地に行ったころから五年ほど馴れ親しんできた仲だ。土産物屋の呪術師が口にした「一念必殺、怨恨爆裂」という売り文句は大ボラだったけれど。
「思い出すな……あの頃は毎日のように教官死ねって念じてたよな」
「死ななかったナ、全然」
「それどころか日に日に指導が厳しくなってって……」
「おかげさまで攻性従精霊でも直接ぶちこんだほうが早いだろってぐらいには魔法も身についたナ」
「僕にばっか厳しくしやがって……魔導院ってそういうんじゃないだろ」
帝国魔導院はその名のとおり、帝国のため若き魔術師を指導する機関である――というのは、とうの昔に過去の栄光。ユートの同期は「魔導院出身」の肩書きだけを求める者が大半だった。
魔法なんて自分で使わなくても、魔力のこもった魔具を使えばいい。
戦争なんて大量生産された人工天使に任せておけばいい。
厄介な敵国には《裁きの天鎚》を下し、焼け野原に再生魔法をかければいい。
事実、島国発の帝国はそうして大陸全土を植民地としてきた。
世界帝国――それがユートの祖国であり、亡国である。
神の足をつかんだ国、などとも呼ばれていた。
「神託で散々警告されてたのに無視して好き勝手やった末路が、コレか」
ユートは皮肉っぽく天井を見あげた。
ダダダダ、と、子どもが駆けまわるような音が聞こえる。
「裁きの天使サマは今日も大騒ぎだナ」
海上生活も一カ月になろうとしているのに、雨は一向に止まない。
外を見れば黒雲が空を満たし、波濤が水平線まで広がっているだろう。
クルーザーの揺れは二十四時間とどまることなく継続中。揺れている状態に三半規管が適応して、酔うことすらなくなっていた。
ほかの船と連絡を取りたいところだが、魔法通信はなぜか繋がらない。雨に妨害作用があるのではないかと暗黒髑髏杖は睨んでいた。
「僕さ……実験用の魔獣の幼体を海に放したことがあってさ……」
「突然どうしたんダイ、ユート」
他愛ない雑談に相づちがあるだけで退屈は紛れるものだ。
「僕の指に絡みついてくる可愛いやつだったからさ……つい情が湧いて、出来心で逃がしてやったら、クラーケンの幼体だったらしくて教官に死ぬほど叱られて、親まで呼ばれてさ、半年も小遣いなしでさ……」
「そりゃ仕方ナイ。クラーケンはお高いシ、下手なドラゴンより危険だシ」
「でもさ、あのときの情けがいまになって返ってこないかなって……」
「クラーケンが恩返しに魚でも持ってこないかッテ?」
「もしくは無事な土地まで引っ張っていってほしいっていうか……そこに生き残りの人間がたくさんいて、僕を迎えてくれて……幸せな世界が待ってて……」
言葉をつづるたびに声がかすれていく。顔が勝手にうつむいていく。
カタカタと暗黒髑髏杖の口が開閉している。
頭上ではダダダダと雨音。
腹ではぐーぐーと虫が鳴く。
「どうしたんダイ相棒、黙りこんだりしテ」
「……もうひとり芝居は飽きたんだよボケェッ!」
とうとうユートは、キレた。
「なんで土産物屋のアホみたいな杖に話しかけてんだよ僕は! アホか!」
「冷静になれ、相棒。またいつもみたいに備忘録をつけて落ちつこうゼ?」
「ンなもん飽きたわ! やってられるかああああああああ!」
憤然と立ちあがりつつ、腹の底から絶叫した。
ちょうどそのとき、ぐらりとクルーザーが大きく傾く。
大波がきたのだろうか。ユートは体勢を保てずに転倒した。
手にした暗黒髑髏杖は勢いあまって、壁に直撃。
ガチャンッと砕けた。
「ドドドドドドドドドクロさぁあああああああん!」
見事に粉砕してしまった。飽きたとか言った天罰だろうか。
「ごめんよ、ごめんよドクロさん……ああ、僕は最後の友達になんてことを……」
滂沱と流れる涙が視界を包み、眼前の惨状を覆い隠した。
右へ左へおよそ九十度の角度で船が傾く。ただでさえ散乱していたアレコレが何度も何度もひっくり返された。
ユート自身も壁だか床だか天井だかわからない場所に叩きつけられていく。
骨の折れる音が体のどこからか聞こえたが、よくわからない。
(なんかもう、どうでもいい)
頭のなかで想記帳に記録を書きこむ気分にもなれない。ただただ無気力に、孤独と空腹と乱雑な揺れに揉まれていく。
頭に激しい衝撃が走った瞬間、たまらずうめきを漏らした。
「うぐッ……う、恨みます、神さま」
ユートは髑髏を失った暗黒杖を抱きしめた。
消えゆく意識のなか、神々を一念必殺すべく怨恨を爆裂させながら。

 

一章 黄金竜とパコパコ祭
目の前に広がるのはまぶたの裏の暗闇だった。
意識はミルクと水銀をかき混ぜたみたいに混濁している。
ただ、肌に吸いつく湿り気が心地よい。火照った体に、ちゅっちゅ、ちゅっちゅ、と。顔や首筋ばかりか胸板や腹、手足にまで。
(これはもしや……所長の言っていたオトナのお店というやつか)
勤め先の所長が事あるごとにうそぶいていたものだ。われらはオトナのお店でちゅーちゅー天国を愉しんでくる、と。未成年のユートは追い返され、寮の自室でドクロさんと小粋なトークを満喫するハメになった。
あの日、心に思い描いた桃源郷が全身に絡みついている。
「ちゅーちゅー天国……」
ぼそりと呟くと、自身の声に意識が鮮明化した。
のそりと身を起こして目を見開けば、苛烈な日差しに網膜が焼ける。とっさに目を閉じ、すこしずつまぶたを開いていく。
雲ひとつない晴天に太陽がひとつあった。
指先に感じるのは、乾いた砂のサラサラした手触り。
「雨……降ってない?」
視界を巡らせれば、白くて柔らかな砂浜に穏やかな波が寄せては返している。浜の奥には南国風の木々が生い茂り、彼方まで緑がつづく。
間近には、顔。
「……じぃー」
子どもだろうか。面立ちがあどけなく、サイズ自体がちびっこい。肌はゆで卵みたいにツルツルと白く、ほんのり浮かぶ血色は赤紫。そして髪は――
水色から紫へとグラデーションを描く髪に、同色の触手が何本も混ざっていて。それらがユートの体に絡みつき、吸盤で張りついている。
「ちゅーちゅー天国の正体が女児の触手とはビックリだな……」
苛酷な運命に疲れて馬鹿馬鹿しい夢に見ているのだろう。天罰の雨が一朝一夕で止むはずがないし、陸地にたどりつけるはずもない。
「んぅーう、寝ぼすけさん?」
触手女児は小首をかしげながら、細身でくねりとしなを作った。スリーサイズが均一そうな幼児体型のくせして、なぜだかちょっと色っぽい。
装いも露出過多で子どもらしくない。やたらと布地の少ない黒水着に、水中のクラゲのごとく揺らめく半透明の襞布を重ねている。胸の平べったさがよくわかるし、ぽっこり気味の幼腹も、棒みたいにか細いあんよも剥き出しだ。
「夢だからって、ずいぶんと過激な格好してるね……」
「夢で会えるのはステキだけどねぃ」
おっとり間延びした声と裏腹に、触手が強烈な締めつけで首を引き寄せた。
鼻先がチョンと触れ合う。たしかにナマの感触だ。
「夢じゃなくておはようさんだよぅ、ニンゲンくん?」
触手女児は、にへらー、と気の抜けるほど柔和に笑った。
どうやら目は醒めているらしい。
(どう見ても、雨と洪水は止んでるよなぁ)
船は座礁でもして派手に壊れ、中からユートが放り出された――と見るのが妥当だろうか。運良く流れついた砂浜で触手女児に出会って、絡みつかれ中、と。
「この触手はなんかの魔法具? とりあえずほどいてくれないか?」
「うぅーん、でもぉ。GDちゃんの命令だしねぃ。聞かないとあの子すーぐ拗ねちゃうからぁ……あ、そうだそうだ、合図、合図ぅ」
にゅにゅにゅう、と触手の一本が頭上に伸びていく。
「みーんなぁ、起きたよーぅ」
小さな体に似合わない大声が砂浜に轟いた。
あちこちの物陰から、ひょこひょこと顔が出てくる。
先住民だろうか。警戒の様子でじりじりとこちらに近づいてくる。
見たところ、ひとり残らず女性、あるいは少女ばかりである。
服装は多種多様だが、だれもが魔物風の装飾を身につけていた。
頭には角やら獣耳、四肢には獣毛や鱗をあしらったグローブやブーツ。尻尾風の腰飾りはいやに生々しく動いていた。
「ここって魔物コーデが趣味の女人限定コミュニティとかか?」
「んぅー? ニンゲンくんの言っていることがよくわからないけどぅ……詳しいことはGDちゃんに聞いたらいいんじゃないかねぃ」
触手女児は黒目がちな双眸を上に向けた。
待ってましたとばかりに、突風が真上から吹きつけてくる。
砂埃が思いきり舞いあがって、上空に現れた人影まで呑みこんだ。
「よーやく目ぇ醒めッ、ふぉぼッ、ごほッ! く、口に砂べっくしょいッ!」
砂埃のなかでだれかがむせ返っている。
なんとなく愉快なやつが現れたということはわかった。
舞いあがった砂は間もなく海風に吹き飛ばされ、愉快なやつが姿を現す。
「フフフ……おはよう&ちーす! キラキラ最高プリンセスことGDちゃんの支配するGDアイランドへようこそ、みたいな!」
その場でくるりと独楽のように回転し、ピタリと停止。左拳を腰に当て、右手の親指から中指までを立ててウインクに添えるポーズ。
(お……)
ユートが唸りそうになったのは、妙な歓迎の仕方に驚いたからではない。
彼女を彩るカラーリングが華やかに輝いていたからだ。
華麗になびく長い髪は日光を縒りあげたかのような山吹色。瞳は海のような瑠璃色で、強気な笑顔を清冽に彩る。肌の色が濃いのも南国風の島にはよく似合う。
「じーでぃー、さん?」
「ゴールド・ドラゴンの略ね。ほら、ウチって見た感じ完璧キラキラのドラかわガールじゃん? ハイセンスな名前が合うじゃん?」
「スゴイ名前だな……黄金竜て」
「そりゃまあ、マジトークするとウチ、島の主だし?」
GDは広げた手の先を顎先にちょんとつけ、得意気に眉を吊りあげる。
ゴールド・ドラゴンと言えばプラチナと並ぶ鱗竜種の最上位だ。竜種自体が魔物の頂点に君臨する存在なら、それは王の中の王に等しい。
もちろん彼女がドラゴンであるはずがない。かの種はもっと巨大で強大で尊大である。そんな戯言よりも、いまはべつの情報が重要だ。
「僕は島に流れついたのか」
大洪水から逃れた島がひとつやふたつあってもおかしくはない。
さいわいGDの服装からすれば文明レベルも帝国基準を満たしている。彼女の身につけた薄手の白いワンピースは簡素ながら仕立てがよい。口調こそ独特だが、顔立ちには貴族的な端麗さが備わっている。
(年は僕とおなじぐらいに見えるけど……)
ユートは魔導院を飛び級で卒業して勤労奉仕に励んでいた。年齢的には大人と認めてもらえない、さりとて子どもでもない。そんな歯がゆさをつねに抱えた年頃である。同年代のGDに島の主が務まるかは微妙なところだが――
彼女は強い武器を持っている。胴体の上部に備わった女性特有の軟質器官。
端的に言って、オッパイだ。
服の縁から覗ける柔胸の谷間は深く、肉の丸みはふくよかで健康的。いやもう逆に自堕落なほど盛大に膨らんでいて、腰との落差がすさまじい。臀部の膨らみも申し分ない。脚線もムチッと肉感がありながら、若々しい肌でしっかりと引き締められている。女として極上のスタイルと言ってもいいだろう。
「どーかした? ウチのパーかわボディにテンション上がっちゃった?」
「いや……その飾り、よくできてるなって思って」
ユートは図星を突かれ、誤魔化すように彼女の装飾品を示した。
側頭部から伸びた金色の角や、金色の鱗をあしらったブーツ(なんと竜の指を再現していて、これもまたリアル)、そして腰から伸びた同色の竜翼と尻尾。
とくに竜翼のパタパタ動く様と、尻尾のしなり方は本物にしか見えない。
「フフン、見る目あるじゃん」
GDは嬉しげに目を糸にして破顔し、腰をよじって背を披露した。ワンピースは背面を大きく開いた構造で、翼と尾の生え際が覗ける。腰から尻にかけて、金色の鱗が生えていた。盛りあがって翼となり、あるいは尻尾として伸びていく。
生体接続用の機構は見当たらない。
あらためて見直すと、角もブーツも体から自然と生えているように見えた。
「……これってナマモノ?」
「そりゃ生きてるからナマに決まってるじゃん。ウケるんですけど」
ユートは確認のため、かたわらでニコニコしている触手女児の頭部を凝視した。触手と頭が完全に一体化している――ような気がする。
「GDがゴールド・ドラゴンで……キミは?」
「おねーさんはクラーケンですよぅ、よろしくねぃ」
なるほど。ユートは状況を把握して、深々とうなずいた。
「帝国の禁忌研究もここまで進んでたのか……人間に魔物の身体部位を移植するなんて、そりゃあ天罰も下るよなぁ」
「移植なんてしてないよぅ。島のみんな生まれたままの姿だよぅ」
「ってか、アンタの尻尾が前についてるのもおんなじじゃね?」
GDは身を屈めてユートの股間を指差した。
ユート自身と、集まってきた島民たちの視線が、一斉にそこに集まる。
「……お願いします、服をください。マジお願いします」
全裸のユートは朝勃ちした逸物を手で隠し、深く深く頭を下げた。

この世界には魔物と呼ばれる存在がいる。
コボルトやゴブリンのような小鬼。ユニコーンやペガサスのような幻獣。バジリコックやマンティコアのような混成獣。ドラゴンやクラーケンのような巨獣。
それらを通常の生物と分けて「魔物」と呼ぶのは神代からの慣習である。
犬猫や牛馬との違いは、強いて言えば「なんとなく違和感がある」。最新の生物学によればその「なんとなく」がポイントなのだという。
「魔物って呼ばれる連中は多かれ少なかれ精霊が混ざってる」
ユートは木陰に腰を下ろしてGDたちに説明した。
「精霊が実体化したとか、神が精霊に生ませたとか、精霊が馬に生ませたとか。神々が無精霊質の聖泥からこねあげた人間や犬猫とは成り立ちが違うんだ」
根本的な存在のズレこそが、「なんとなく」の正体だ。
「うんうん、それでそれで?」
GDは地面に手を突いて顔を寄せてくる。おとぎ話を聞く子どものように瑠璃色の瞳をキラキラさせて。
好奇心を剥き出しているのは彼女だけではない。十人ほどの少女たちが群がっている。女の子特有の甘い匂いが立ちこめて、ユートを緊張させていた。
「つまり人間は直感的に魔物を異物として感じ取れるわけで……僕は直感として、キミたちをそういった異物とは感じ取れないんだ」
人間に似た魔物は珍しくないし、化けて「なんとなく」の異臭を消し去る者もいる。それでも正体を看破されれば、途端に異物感は噴き出すものだ。
「たしかにみんな魔物の特徴はあるけど、やっぱり移植したようにしか見えないし、いまいち納得できないんだけど……」
「ってもウチら、魔物だよね?」
GDがまわりに問いかけると、一同そろってうなずいた。
さきほど聞いた話によると、この島は古くから魔物の住まう島であるという。ユートはその沿岸に流れついたところをクラーケンに保護されたのだとか。
「むしろウチらはそのニンゲン? とか、イヌネコ? っていうの、見たことないっていうか。好奇心ビンビンなんですけど。どういうの?」
「どうって……ニンゲンは僕たちみたいに二本足で歩く知的生命体で……犬は四つん這いで歩く毛むくじゃら。ほら、この子みたいな耳と尻尾が生えてる」
ユートは右手に座りこんだ少女を手の平で示した。コバルトブルーの短髪から獣耳がピンと伸び、ふさふさの尾がパタパタ揺れる。
「ボク? ボクに似てるんですか!」
少女は垂れ気味の目を丸くして無邪気に顔を輝かせた。クラーケンほど幼くはないが、GDよりも若々しい造作だ。体つきは小柄かつ細身で、魔導院初等部から中等部相当だろうか。短めのキャミソールとホットパンツでヘソを披露したファッションが、官能性よりも活発さをアピールしている。
「つまりこんな感じですか! こんな感じで駆けまわるんですか!」
彼女は四つん這いで駆けまわった。関節の構造は人間だが、意外と機敏に動いている。躍動に合わせて胸の膨らみが元気に弾む。細身のわりにそこだけ発育がよい。恥じらいを知る年頃だろうに、絶好調で走りつづけた。
「こんな感じですか! こんな感じですか!」
「コボルトってばテンション上がりすぎでウケる」
犬小鬼。洞穴に住まう二足歩行の犬面矮鬼種。固有の言語を持つ小賢しい小鬼、というのが世間一般の認識か。間違っても人間の顔ではないはずだ。
「犬ってこんな感じですかー!」
彼女は急転回で突っこんできた。
あわや激突という瞬間、急ブレーキをかけて停止する。
下からうずうずと見あげてくる顔は、ご褒美をほしがる犬そのもの。
「うん、まあ、昔飼ってた犬に骨を投げたらそんな感じだったな、偉い偉い」
頭を撫でてみると、彼女はドヤッと眉を吊りあげた。
「うへへぇ、褒められちゃいました!」
「せっかくだし、お手」
「はい?」
ユートが差し出した手に、ぷにんと彼女の手が乗せられた。獣毛に包まれており、人間のそれよりも指が短い。鋭い爪は制動のために使ったのだろう。裏返してみると、ぷに感の正体は案の定、肉球だった。
「たしかに……僕の知ってる人間とはいろいろ違うみたいだな」
「でしょでしょ? この島にいるのは魔物だし、そのリーダーがこのウチ、キラかわドラかわGDちゃんなわけで」
「ボクはコボルト。そこにいるのはゴブリンのゴブちゃん、ホブゴブリンのホブちゃん、あっちで影から覗いてるのは照れ屋のバジリコック、バジルちゃん」
魔物の名前が出るわ出るわ。みんなそろって女の子なのに。
「で、ここにはアラクネ」
ユートがGDの指を追って真上を見れば、顔にばふりと布がかぶせられた。慌てて取り払ったときにはすでに、蜘蛛女らしき姿は見当たらなかった。
「アラクネも照れ屋なのか?」
「ていうか、趣味人? ダベッてる暇があったら服作りたいって子。アンタの服もソッコー作ったし、マジぱやっしょ?」
あらためて顔にかぶせられた布を確かめると、それはたしかに服だった。
内股で股間を隠すのにも飽きたから、マジぱやで袖を通してみる。白の半袖シャツに青ズボンという簡素な服だが、吸いつくように着心地がいい。
「サイズぴったりだな……」
「島の服はぜんぶアラクネ印だからね。もちろんGDちゃんのヤバかわコーデもアラクネの功績だから! コボルトのイヌかわコーデも! 褒めてあげてね!」
織物を好む蜘蛛女ならではの特技と言ったところか。
小靴精の作という靴もサイズぴったりだった。
(どこまで信じていいものやら)
疑問の種は尽きないが、いまいち深刻な気分になれない。真偽のほどはともかくとして、魔物娘たちに敵意が感じられないからだろう。
警戒して距離を置く者はいても、目つきに害意がこもっている者はいない。
それどころか腹が鳴るタイミングで果実が差し出される気遣いぶり。
「マナをどうぞ、ふんッ」
べちゃっと顔に赤い果実が叩きつけられた。
「うおぉおおおおッ、目がッ、目がぁあああああッ」
酸味が目で弾けて痛い。ものすごく。悶絶する。
「うっわ、ちょっとユニコちゃん酷くないですか?」
「いやほんとガチめに酷くね? GDちゃん引くんだけど」
「失礼、手が滑った」
ユートが目元をぬぐい終えたときには、犯人は走り去るところだった。
振り向いた横顔は凜々しく、女騎士然とした貫禄がある。見るからに涼やかな銀色のポニーテールは、頭の後ろと尻の位置で二本。
上半身が鎧姿の美女だが、下半身はあろうことか白馬である。
いわゆる人馬に見えるが、額から角が一本生えていた。
「ユニコってことはユニコーンか……」
「そそ。普段はもっと落ちついてるんだけど、今日は荒れ気味みたい」
希少種なので実物を見たことはないが、伝承を信じるならさもありなん。ユニコーンは処女を愛し男を憎む猛獣だと言われている。より正確には、処女以外なにもかも突き殺す怒りの化身だとか。逆に二本角のバイコーンは快楽をよしとする淫奔の化身だとか。両者は同種の雌雄だとか、反転属性の同種だとか。
バチャンッ!
よく熟れた果実がユートの顔面に直撃した。
「目がッ、また目がぁあああああッ!」
「もー、ユニコってば。ムダな制球力マジNG~。カワイソーじゃん」
「ハハッ、この距離で当たるとは思わなかった! 失敬失敬、わが主君GDよ! しかし正体不明の異物にはゆめゆめご注意めされよ!」
パカランパカランと蹄の音が遠のいていく。
「ま、まあ、突き殺されなかっただけよしとするか」
嫌われた程度なら、ちょっと傷つくだけで済む。
「はあ、マナがもったいないです……」
コボルトはユートの膝に手を置き、顔を近づけてきた。
ぺろりと頬についた果汁をなめとる。
硬直するユートに、今度はGDが口を寄せる。
「とりま、お腹減ってるならマナ食べれば? そこに籠あるし。ぺろっ」
首筋の果汁をなめとられ、心地よさに鳥肌が立った。
すぐ横に底の浅い籠が置かれ、拳大の赤い果実が山積みとなってはいるが。
(う、動けない……!)
ぺろぺろ、ぺろぺろ、と粘着感が肌を這う。
女性と縁遠い人生を送ってきた少年に、その刺激はあまりにも強烈だった。
生まれは貴族の五男坊。土地や財産の継承権は残っておらず、与えられたのは魔導院での学習環境のみ。やむなく魔法に打ちこんで好成績を残した結果、恋愛を経験する間もなく現場に引き抜かれた。男だらけの職場である。未成年だからオトナのお店にも誘ってもらえなかった。
要するに、女子への免疫がない。
(み、密着してなめられるとか、未知の世界すぎる……!)
はしたない。ふしだら。淑女にあるまじき振る舞い。帝国の一般的な家庭であれば、全員三時間はお説教を受けることだろう。
しかもふたりして胸がたわわに発育しているので、密着すると非常に柔らかい。ぷにゅぷにゅ感が男の本能を掻きたててやまない。
「ほぅらぁ、マナをお食べなさいねぃ、ニンゲンくん」
横から伸びてきた触手が赤い果実をつかみ、ユートの口元に運んでくる。間延びした口調は触手女児ことクラーケンのものだ。
「あーん」
「あ、あーん」
噛みちぎれば、果実は芯まで赤かった。味はクリーミーでほの甘い。甘すぎないのがいい。いくらでも食べられそうだ。
腹が減っていたので、貪るように喰った。果汁が口からこぼれても止まらない。
「あー、もったいないですよ、ぺろぺろ」
「食べるのヘタすぎてウケるんですけど、ぺろぺろ」
「アラクネの服が汚れちゃうねぃ、ぺろぺろ」
クラーケンまで密着ぺろぺろ軍団に混ざりだした。彼女は胸がないけれど、代わりに触手が巻きついてくる。吸盤の吸いつきはキスと間違うほど情熱的だ。
(なんなんだ、この距離感……!)
ユートは過剰なスキンシップに混乱しきっていた。
いくらなんでも異性に気を許しすぎではないか。クラーケンのような子どもならまだしも、GDやコボルトは女として恥じらいを知るべき年頃だ。
「これじゃまるでオトナのお店じゃないか……」
なあ、ドクロさん――失われた相棒に心で呼びかけ、なんとか平静を取り戻す。
震える手で腹ごしらえをしながら、これまでの出来事を想記帳に記した。
――一級魔導技官ユート、流れついた島にて自称魔物たちに囲まれる。
状況をまとめると気分も落ちつき、やるべきことも見い出せた。
食事を終えるころには魔物娘たちも身を離してくれた。
「さあ、ニンゲン! この島の一員になったからにはGDちゃんをマジ偉いリーダーと認めて、ガチめに忠誠を誓ってちょうだいね!」
「あー、そういうのよくわからんから後にしてください」
「うっはぁ、塩対応。テンションさがる……」
がくりと落ちたGDの肩を、コボルトたちがポンポン叩いて慰めている。気安い距離感に主従関係は感じられない。どちらかと言うと友達気分だろう。
「この島ってどのあたりにあるんだ?」
ユートは差し当たっての疑問を解くことにした。
「トーゼン、GDちゃんの足下、的な?」
「んーぅ、海の真ん中かねぃ」
「島にはいろんなものがあります! 洞窟とか山とかマナとか!」
まったく望んでいない回答ばかりで、ユートは完全に半眼化した。
「キミら、口裏合わせてからかってんじゃないだろうね」
「いーえぇ? おねーさんはいつだって本気だよぅ?」
「ボクそういうの苦手ですけど、上手でしたか! うへへぇ、褒められた!」
やっぱり小馬鹿にされてるような気がした。
「わかったよ、自力でやるよ……座標特定ぐらいチョチョイのチョイだ」
ユートは木陰から出て、拾った木の枝で砂浜に魔法陣を描いた。魔物娘たちが興味深そうに近寄ってくるので、足で踏まないよう注意しておく。
次に呪文を詠唱し、魔力を流しこんで、埋めこんだ術式を起動させるだけ。帝国四方の精霊集積塔が生きていれば距離と方位が測れるはずだ。
「――谺せよ」
詠唱を締めくくれば、ポーン、とのどかな発動音が響く。
術が成立すれば、同様の音が精霊集積塔から返ってくるはずなのだが。
「……やっぱりこないかぁ」
所詮はダメ元。あの大洪水で帝国の施設が無事でいられるはずもない。
「よくわかんないけど、島のこと知りたいなら上から見ればいいじゃん」
「高所からの観測は基本だな。浮遊魔術は専門外だけど……」
「とりま、GDちゃんと行っとく?」
言うが早いか、GDは後ろから抱きついてきた。
柔らかな肉感を背中に押しつけられ、ユートは思わず硬直する。
「え、その、柔っ、おうふっ……」
「んじゃ、ウチら飛んでくるから、よろー」
ばさんっ、と背後で突風が起きた。GDが金色の翼を羽ばたかせている――と推察している間にも、ユートの足が砂浜から浮いた。
みるみるうちに地上の魔物娘たちが小さくなっていく。
「すごいな……その翼、どういう魔法がかかってるんだ?」
「は? まほー? イミフ~」
気のない返事に白い目を返してやろうと振り向く。
金色の翼が視界を覆うほどに広がっていた。さきほどまではその半分もなかったはずだ。魔力を使う気配もなく、羽ばたきだけで浮力を生み出している。
「……魔力が働いてないなら、完全にナマモノだな」
帝国の極秘研究の産物か、それとも神々の気まぐれか。人間が魔物の因子を植えつけられたのか、魔物が人間に近い姿を与えられたのか。
彼女たちが魔物という話も、あながち嘘ではないのかもしれない。
そもそも、足下に広がる島は一体なんなのか。
山あり、谷あり、湖あり。島全体が濃緑の外套を頭からかぶっており、人工物らしきものは見当たらない。面積にして王都ふたつ分は優にあるだろう。
「この島って、洪水の前はどのぐらいの広さだったんだ?」
「こーずい? それもイミフなんですけど」
「ちょっと前まで嵐が吹き荒れてただろ。あのとき海の水位が上がって……」
ユートは言葉の途中で気づいた。
砂浜は輝くように白い。何百年も砂浜としてそこにあったと言うように。
水位が上がって沿岸部が呑みこまれたなら、そこに砂浜があるはずがない。洪水後に水位が下がったのなら、浜はもっと汚れているべきだ。
元は砂浜でなく内陸部の砂漠だった――という仮定にも不自然さを覚える。
「あの洪水の被害をまったく受けないなんて、ありえるのか……?」
そういえば――クラーケンは言っていた。
この島は海の真ん中にあると。
世界の七割を覆う大海の中心とは、すなわち世界の中心にほかならない。
神話伝承によれば、世界の中心にあるのは神々の祝福を受けた理想郷だ。
理想郷には聖なる果実が生っているという話もある。
「さっきのマナって果物……もしかして聖果のことか?」
喉を鳴らして問いかけた。
が、しばらく待っても返答はない。空の風に質問が流されたのかもしれない。
「なあ! あの果物って聖果のことなのか!」
声を張りあげて返事を待つが、彼女の返事は乱れた息遣いばかりだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
生温かい吐息が首筋にかかってゾクリとする。
「疲れたなら降りてもいいんだけど……」
「はぁ……んっ、んぅ……降りる?」
「ずいぶんテンション下がってるな……降りて休もう。墜落でもしたら大変だ」
「ん……わかった……」
高度が落ちていく。降下先は鬱蒼とした森の一角。穏やかに流れる小川の縁へと、樹冠を割って着地した。
GDは木の幹に背を預けて吐息する。顔は上気して玉の汗が浮かんでいた。
「はぁ……なんか、体が熱いんですけど……」
「ちょっと熱を測るから額に触るけど、いいか?」
「ん、おけ……どぞどぞー」
目を閉じて赤らんだ顔を押し出すGD。まるでキスをねだるような仕種に、ユートのほうまで赤面してしまう。動揺しがちな自分をなだめ、彼女の額に触れてみた。
「ちょっと熱いか……寒気はないんだよな?」
「激アツ……とくに、胸の先っちょがジンジンしてヤバい……」
今度は胸が突き出された。涼しげなワンピースが豊かな丸みを描き、その頂点から皺が広がっている。乳房の先端部が充血して背伸びをしているらしい。
「飛んでるとき、ニンゲンの匂い嗅いでたらね……だんだん頭がむやむやーってなって、胸がジンジンして、先っちょが……あ、うわ、なんじゃこりゃ!」
GDはその膨らみをはじめて見るかのように目を剥いた。
「なんじゃこりゃって、そりゃ……乳首だろ」
「こ、こんな大きいはずないんですけど……! え、マジ? ヤバくね? ウチ、変な病気なっちゃった? プチこわなんですけど……!」
過剰なまでの狼狽ぶりからして、乳首が勃った経験がないのかもしれない。その変化の意味を知らないのは、彼女の見た目からすると少々異常だ。
(そもそも性知識がないのか……?)
馬鹿げた話だが、もっと馬鹿げた話にはすでに何度も直面してきた。
「なあ、GD。変なこと聞くけど……セックスって知ってるか」
直球でぶつけてみた。
「せっくす……? それがこの病気?」
「いや、せっくすは病気じゃなくてむしろ治療法なんだが……」
「じゃ、せっくすして」
「そうだな、とりあえず川の水で冷やして……なんだと?」
ユートは思わず真顔で聞き返した。
「せっくす、してよぉ……! ジンジンしてマジつらいよぉ……!」
GDは身をくねらせて駄々をこねた。だっぷん、だっぷん、と柔胸が左右に踊る。大波に揺られる難破船のように強烈な光景がユートの理性を焼いた。
「んっ、ぁあ、乳首擦れるともっとジンジンするぅ……」
下着をつけている様子もないので、ワンピースの裏地がさぞ擦れることだろう。そこに痛みがないのなら、彼女をさいなむ刺激はひとつしかない。
「で、でも、セックスはさすがに……ちょっと問題があるよ」
「えぇ、なんでぇ……ニンゲン、ノリ悪いぃ……!」
しゅるりとユートの脚に金色の尻尾が巻きつく。その異質な感触に、ユートは心臓をつかまれたような気分になった。
見た目の可愛さとオッパイに惑わされてはいけない。飛行時に翼が可変したことを考えると、突然巨大なドラゴンに変身して噛みついてきてもおかしくない。
ただ、それでも、物欲しげに太ももをさする尻尾は、正直ちょっと可愛い。
心細げにパタパタしている翼も愛らしい。
鱗の生えた脚だって、内股気味に震える様のなんといじらしいことか。
「ニンゲン、せっくすぅ……! せっくすで治してぇ……!」
今度は肩をつかまれた。GDがぐっと身を寄せてくる。
ユートの胸板に球状の熟肉を擦りつけるや、彼女の体が震えあがった。
「あッ、すっごいジーンッてきたぁ……ニンゲンの体、すごくね?」
「す、すごいのかい、そうなのかい」
「ん、別格のジンジン感……でもヤなジンジン感じゃなくて、こうしてギュッてしてぐりぐりってしてると、あんっ、マジパない……!」
GDはユートにしっかり抱きつき、胸を擦りつけてきた。尻尾で脚を絡めとる拘束スタイルで、ぷにゅぷにゅ、ぐりゅぐりゅ。
「うおっ、おおぉ、やわらかっ、うわやわっ」
押しつけられては潰れる柔玉ふたつ。一玉でも自制心を揺るがす凶器なのに、それが倍ときた。おまけにほの甘い女の子の体臭が鼻孔をくすぐる。
彼女も鼻をヒクつかせ、男の体臭を嗅いでいるらしかった。
「ニンゲンの匂い嗅ぐとジンジンする……ぜんぶニンゲンのせいじゃんかぁ」
「マジで? なんか申し訳ない……」
「申し訳ないなら……責任、とってくんない?」
細い眉をツンと吊りあげ、アゴをちょんと指でつついてくる。責任を問う口調ではあるが、拗ねた子供のようで最高に可愛らしい。
ユートの心を縛める理性という名の枷は、粉砕した。
「おーけー、わかった、せっくすする」
「うっはぁ、せっくすせっくすぅ!」
思えばこれも時代の変化かもしれない。
永遠不滅と謳われた帝国すら大洪水によってその歴史に終止符を打たれた。
わが童貞人生もピリオドの時を迎えようとしている――と、仰々しく想記帳に記して、ユートは初体験に臨むことにした。

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