【2018年4月14日】

永遠姫の嫁入り出だし公開!

18日配本美少女文庫

永遠姫の嫁入り、出だし公開です!

序 咲き乱れて縁結ばれること
トワとの出会いを思い起こせば、まず頭に浮かぶのは手の白さだ。
赤い着物の袖から覗ける、ほんのり赤みを浮かべた雪色。
とても白い。つないだ自分の手が黒ずんで見えるぐらいに。
小学生になったばかりの当時、幹春はクラスでも小柄なほうだった。トワはひとつふたつ年長の体格。大人びて柔らかい笑顔も年上だからだと思った。
「お祭の日は赤いべべを着てめかしこむものだよ」
口を開けば耳がぬくもるような優しい声が出てくる。
「べべ?」
「着物のことさ。古くさいかねぇ、こういう言い回し」
トワはおかしげにクスクス笑い、茶目っ気たっぷりに赤い袖を揺らした。祭に集まったひとびとはほとんど洋装だから、和装はことのほか目立つ。
「昔はみんな鮮やかな色の着物を着てたんだよ。この桃交祭はいまも昔も、出会いと縁結びの祭だからね」
「えんむすび?」
「春に咲く桃の花に願うのさ、夏に果実が実って、男女の想いも実りますように、と。ほら、あのひとが持っている桃人形をごらん」
白い指が示す方向で、男が木彫りの人形を手に、同年代の女性と話をしている。どちらも笑顔がぎこちなくて、なんだかこそばゆい。
「桃人形は結ばれたい相手に贈るものなんだ。受け取ってもらえたら、ふたりはきっと幸せになれる。この桃塚流の、とんねる……ねんとる? そんな名前の縁結びのてれび番組があったけど、知ってるかい? 知らない? ああ、もうやってないのかねぇ。てれびはめまぐるしいねぇ」
彼女がクスクス笑うのが嬉しくて、自然と幹春も笑顔になっていた。
「春美さんも幹児さんに桃人形を渡したんだよ」
「おかあさんと、おとうさん?」
「それはもう、春美さんの押しが強くてねぇ。くふふ、幹児さんもたじたじで、きっとお尻に敷かれちゃうと思ったもんさ」
「おとうさん……おかあさんに頭あがらない」
「ああ、そういうひとなんだ、春美さんは。だから子どもの叱りかたも厳しいかもしれないけど、ミキくんを嫌いになったわけじゃないと思うよ」
母に叱られて逃げてきたことを思い出し、胸が痛くなる。
「一緒に謝ってあげるから、勇気を出して帰ろうか」
「一緒に……おねえさんが?」
「桃交祭は出会いの祭でもあるからね。ミキくんと私はもうお友達だから、つらいことは半分こしよう」
トワは言い含めるように「ね?」と小首をかしげた。
桃の枝から吊された桃果型の灯籠に照らされて、彼女の姿が輝いて見える。
和装が目立つのはもちろん、トワ自身もひどく鮮烈な容姿をしていた。
肌が白いのはもちろん、長い髪も白い。祖父母のような乾いた白髪とはすこし違う。ミルクに桃の果汁を混ぜたような、瑞々しい白。
着物とおなじ赤い瞳はあたかも白ウサギのよう。
なにより目を引くのは、耳のかわりに額から伸びた二本の赤黒い突起物。
ヒーローみたいでかっこいい。
「その、あたまの、どこで買ったの?」
「これかい? これはね……とっても悪いことをした罰なんだよ」
彼女は困ったみたいに眉を垂らして、目を糸にした。
輝くような彼女の色彩が色あせて見える。
――なら、ぼくも一緒に謝る。
その一言を口にすることができなかったのは、なぜだろう。
かわりに、無言で、ポケットに突っこんでいたソフビ人形を押しつけた。
「おやおや、これはなんだい?」
「戦隊の、赤。つよくてかっこいい。あげる」
「なるほどねぇ、赤くて強そうでかっこいいねぇ……ありがとう、ミキくん」
トワの顔に浮かぶのは、大らかで奥深い笑顔。すべて理解しているというような、子どものお遊戯に付き合う大人のような。
昨年亡くなったおばあちゃんに、すこし印象が近い。
目が離せなくて、でも気恥ずかしくて、胸がざわざわした。

それが初恋だと気づいたのは、十年ほども経ってからのことである。

あれ以来、白ウサギのような少女を見る機会は数えるほどしかなかった。
彼女の住まう桃塚を訪ねるのは年に一度、母の帰省時だけである。
春休みなら桃交祭でかならず見かけるのだが、夏休みになると難しい。果実の生る季節はトワも忙しくなるのだという。
中学三年生になると、受験勉強にかまけて里帰りに付き合わなくなった。
その後、なんとなく帰りそびれて、なし崩しに高校球児になったり、とりあえず受験勉強をしたりで――いつの間にか大学受験が終わっていた。
流されるように生きてきて、間もなく十八歳。
干支も一周した大学一年の春、香坂幹春は桃塚に帰ってきた。

久方ぶりの桃交祭は記憶にあるより小規模な印象だった。
桃型の灯籠でライトアップされた桃花公園が、妙に狭苦しいと感じる。
「俺がデカくなっただけかな」
幹春は桃の木に背を預け、こぢんまりした祭をぼんやり眺めていた。
実際には今も昔も大差ないのだろう。幼いころはすべてが大きく見えるものだし、ひと気を多く感じても不思議ではない。
屋台の客入りはそれなりだし、喧噪は騒がしい。
スピーカーから鳴り響く祭り囃子はノイズまじりで耳に痛かった。
(やっぱり苦手だな、祭って)
部屋で読書なりネットをしているほうが好みではある。
けれど、祭り囃子を耳にした途端、自然と祖父の家から出ていた。
久しぶりに彼女に会いたい――たぶん、その一心で。
「お兄ちゃん、もしかして謙さんのお孫さんじゃないか?」
声をかけてきたのは、開催委員用の法被を着た中年男性だった。
「あ、どうも。ご無沙汰してます」
顔は覚えていないが、礼儀として頭を下げる。
「やっぱりなぁ。謙さんの葬式で見たからすぐわかったよ」
「その節はお世話になりました」
「もう大学生だってなぁ。いやぁ謙さんによく似てる」
意外な感想にすこし驚いた。今年二月に亡くなった母方の祖父は、酒好きで快活な好々爺だった。友達のすくない自分とは正反対だと思っていたのだが。
「これからはこっちに住むんだって?」
「祖父の家から赤土大学に通います」
「困ったことがあれば連絡しなさい、町内会長やってるから。ほらスマホ出して、番号交換。名前は吉沢、吉日の沢ガニで吉沢ね」
電話番号とメアドを交換したのち、幹春は深く頭を下げた。
「せっかくだから、これ持っときなさい。もうすぐ縁結びがはじまるよ」
吉沢は桃人形を手渡して立ち去った。
桃の実に手足をつけたような、丸っこくて可愛い木彫りの人形である。伝統ある祭のクライマックス用にしてはデザインがゆるすぎる。
桃人形とにらめっこしていると、ポポンポンポンと鼓の音が聞こえた。
『それではお待ちかね、縁結びのお時間となりまーす!』
まわりにはちらほらと桃人形を持った男女がいる。
だれもがお目当ての相手にそろりそろりと近寄っていく。
『それでは――贈呈ターイム!』
悲喜交々の告白タイムがはじまった。
「僕と付き合ってください!」
「喜んで……!」
桃人形の贈呈が成功するとカップル成立、大喝采。
お祝いに特産品の桃酒《うらごろし》が祭の参加者に振る舞われる。
「俺と一緒にインド旅行いこう!」
「え、無理。そういうチョイスするセンスが無理」
玉砕者がいれば、酒の勢いで忘れようという名目でまた飲む。
なにはなくとも、とりあえず酒だ。他人の色恋を肴にして飲む。
俗で下世話で平和でのどかな田舎のお祭。
幹春は未成年なので桃スムージーを頂戴した。一口すすれば優しい甘みが舌に広がる。なんとなくトワを思い出す味だった。
ふと、なにげなく、目を前方に移す。
白ウサギがいた。
記憶と変わらない、赤い着物と白い髪、白い肌。
まわりに桃酒を勧められ、ほほ笑みで口をつける仕種も昔のまま。
「全然変わってないな……」
スムージーの甘みが胸にまで広がった。
強いていえば、昔にくらべてずっと小さくなったように見える。あくまで自分が大きくなっただけで、彼女は不変なのだろうけど。
桃姫トワは何百年、あるいは千年にも渡って、ずっと童女の姿であるという。
異形の証たる額の二本角も、変わることなく尖り立っている。
「あら」
トワがこちらに気づき、小さく手を振ってくる。
祭の喧噪で声がかき消されても、唇の動きは見て取れた。
――ミキくん。
昔とおなじ呼び方に、ドクン、と心臓が大きく跳ねる。
「……初恋、だったよな」
桃人形を握りしめれば、野球ボールとほぼ同サイズで手に馴染む。
一夏の高校野球体験は体にしっかり染みついている。
彼我の距離はおよそマウンドからキャッチャーミットまで。
前方に通行人がいないタイミングで、幹春は久々に投球フォームを取った。
「?」
トワが不思議そうに小首をかしげている。
まわりの人々も怪訝そうに目を向けてきた。
気後れしそうになるが、歯噛みで視線を跳ね返す。
思えば周囲に流されてばかりの人生だった。
野球部への入部も大学受験も、流れに身を任せた結果でしかない。
(でも……この初恋は、年月に押し流されても消えなかったんだ)
茫洋と過ぎ去るまま終わらせるなんて、もったいない。
ざ、と土に踏みこむ。一年のリハビリで快復した肘が力強く弾んだ。
「受け取ってくださーい!」
放たれた桃人形は一直線にトワの胸へと吸いこまれていく。
パシン、と小さな手が音を立てた。
トワは片手で難なく桃人形を受け止めながら、喫驚に目を丸くしている。
祭の参加者もおおむね似たような反応だ。
(はは、めちゃくちゃ目立ってる)
幹春は気恥ずかしさを抱きながら、まっすぐトワを見つめた。告白したことを恥じるのは、相手に対しても失礼だと思ったから。
人形を受け取ったらカップル成立だなんて、所詮は酒の肴でしかない。
ただ、変わらない気持ちを伝えておきたかった。
「……俺と付き合ってください、トワさま」
『なんとも強烈なアプローチですが……桃姫さま、いかがで?』
「いかがもなにも……この縁結びはいちおう呪の一種で……」
トワは桃人形と幹春を何度も見比べると、上目遣いで苦笑した。
「すまないねぇ、ミキくん……もう、駄目みたいだ」
申し訳なさそうに言った、その直後。
ぶわぁ――と、嵐のごとく桃色が吹き乱れた。
色鮮やかな花弁がどことからともなく大量発生している。桜吹雪ならぬ桃吹雪か。いや、花弁状ではあるが、実体はなく、ガスのようなものである。
桃色はトワと幹春へと集束し、両者を一本の糸でつないだ。
結んだ箇所はともに左手の薬指。
パ、と桃色が霧散したとき、薬指には指輪状の薄赤いアザができていた。
「ああ、命が繋がれてしまったようだねぇ……私みたいなバケモノは、ヒトよりずっと呪の影響を受けやすいから」
静まり返った祭の中心を、トワが歩いてくる。楚々とした仕種で上品に。
幹春の手前で、彼女は桃人形を強く抱きしめた。
す、とお辞儀をすれば、低い位置にある頭がさらに低くなる。
「しからば、この日このときより、桃倭はあなたさまの妻にございます」
『なんと! トワさまが! え、マジで? トワさま、ご婚約!』
最高潮の歓声が夜空を突きあげる。
幹春の胸を満たす昂揚感はことに大きな雄叫びに変わった。

「ぃやったぁあぁぁああああああああああああ!」

 むかしむかし、あるところに、不可思議な姫さまがおりました。
 なんと姫さまは、桃から生まれた桃姫さまなのです。
 面立ちは白ウサギのように白く、佇む姿は桃のように愛らしく。
 幾年たっても白ウサギ。十年、五十年、百年――村の友達がおじいさんおばあさんになっても、桃のような子どものまま。
 じきに桃姫さまは村にいられなくなり、山に消えました。
 あるとき、村に鬼が現れて悪さをします。
 村人の嘆き悲しむ声を聞き、桃姫さまは帰ってきました。
 えいやあ、と桃を投げつければ石となり、鬼をしたたかに打ちつけます。
 たまらず倒れた鬼に、姫さまは小さな手を差し伸べました。
 ずっと子どものままで友達に置いていかれる自分は、だれにも愛されぬ鬼とおなじだから、ともにゆきましょう――と。
 桃姫さまが山のふもとに桃を投げると、桃は小さな一軒家になりました。
 ふたりはその家で末永く、永遠に仲良く暮らすことでしょう。
 めでたし、めでたし。

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