【2018年5月18日】

出だし公開 僕の小さなエルフ義母

プロローグ
マキシミリアン・ローデンブルグは執務机に向かい、麦高帳簿をチェックしていた。ローデンブルグ領は、農地の大きさの割に収穫量が低い。理由を知りたくて帳簿をめくるのだが、見つかるのは数字の間違いばかりだ。
――うわ、ここもだ。伝票と違ってる。父さん、しっかりしてくれよー。
父のクレメンスが、『領主は辞める。旅に出る。絵描きになる。あとは任せた』と宣言し、ローデンブルグ領を出ていったのは、一カ月ほど前のこと。
マキシミリアンは宮廷官吏を辞め、官舎を引き払い、王都から田舎に戻った。領主を継げる存在は、自分しかいなかったからだ。
『領地経営なんて適当でいいんだよ』と父は言ったが、なるほどと納得してしまいそうな雑な仕事だ。間違いだらけの帳簿を前にして、マキシミリアンは途方に暮れるばかりだった。
コンコンとノックの音がした。
領主館は来客が多い。
ローデンブルグ家の私邸ではあるが、公館でもあるからだ。
「はい」
「失礼。ミスター・クレメンス。お届けものです」
ドアが開いた。戸口に立ち、帽子を外して挨拶している。
きちんとした身なりの、腰の低い男だった。商人だろう。父のクレメンスが何か買ったのか。
「父はいない。旅に出たんだ」
「困ったな……。あとは納品だけなんですが」
「父は支払いを済ませているんだな。私は息子のマキシミリアン・ローデンブルグだ。私でよければ預からせていただこう。遠慮なく入ってくれ」
「エルフィ。入れとさ」
じゃら、と音がした。鎖がきしむ音だ。
白いロープを着た小さな娘が入室した。
奴隷商人が娘のロープを外す。
首輪に手枷足枷をした娘奴隷だ。
緑色のミニドレスに白いロープを羽織っている。金髪紅瞳のかわいい娘。太陽光線を背にして立っているので、金髪が輝いて美しい。
耳が尖っている。エルフ族だ。透き通りそうな白い肌はいかにもはかなげで、いたいけな魅力にあふれている。
マキシミリアンより十歳ぐらい若く見える。神殿学校を卒業したぐらいか。いや、エルフ族は長命だから、十三歳とは限らない。
「お届けものってそれなのか」
あまりの意外さに執務机から立ちあがり、彼らに歩み寄る。
父が少女奴隷を買った? こんな小さい子をなんのために? まさか娼婦? ありえない。父は亡母を愛していた。
少女娼婦は奴隷商人とマキシミリアンを見比べた。
「ミスターいない? 息子? エルフィの?」
鈴を振るようなかわいい声だ。
――あれ? この子。どこかで逢っている?
既視感を覚えたが、エルフ族はみんな同じような容姿をしているので、錯覚しているだけだろう。
「そうだ。ミスターの子供だから、エルフィの息子になるな」
男が言った。首輪から伸びた鎖の先端を持っている。奴隷商人だ。
「息子! エルフィの息子!! はじめまして。よろしく! エルフィ母っ」
エルフィは鎖をじゃらじゃらさせながら走り寄ると、マキシミリアンに抱きついた。鎖が邪魔で、しがみついている感じになり、腹に彼女の顔が密着する。
太腿の付け根のあたりに胸が押し当てられている。手の平サイズの貧乳だが、ふんわりした柔らかさと温かさ、甘酸っぱい香りにドキドキする。
「母?」
「肯定。私、マキミシ、困難……えっと、マッキー、エルフィ息子!!」
エルフィは、頬をスリスリしてなついた。言葉のつたない彼女にとって、名前を発音するのは難しいようだ。
お腹がムズムズしてくすぐったい。
「父が妻にするために買ったっていうのか?」
「その通りでさ。ミスター」
「奴隷譲渡書類を見せてもらおう」
「どうぞ。これです」

【奴隷譲渡書類
癒やしの館所有奴隷エルフィを金八万ディナールにて、クレメンス・ローデンブルグに妻として譲渡する。引き渡しはローデンブルグ家とする】

日付は父が出奔する十日ほど前。八万ディナールは手形にて支払い済み。紙には百合の透かしが入っている。百合はレッドプール王家の紋章で、王宮の役所で発行したことを示す正式なものだ。
「大金だな」
麦高帳簿をチェックした限りでは不審な金の流れはなかったから、領地の金に手をつけたわけではなさそうだ。父の私有財産だろう。
それにしてもこんな小さな奴隷ひとり購入するだけで八万とは、いくらなんでも高すぎる。その四分の一ぐらいが相場ではないのか。
――父さん、ふっかけられたな。
「大金、謝罪……。でも、働く! エルフィ、母っ」
「キャンセルだ。返金してくれ」
「えっ」
ぽかんとして抱擁をほどくエルフィとは反対に、奴隷商人は喜色を浮かべた。揉み手をしながら言う。
「かしこまりました。キャンセル料を相殺して五万六千ディナール返金します。支払いは五日後に手形でさせていただきます。とりあえず書類を書いておきますよ」
――キャンセル料が三割かよ。悪徳奴隷商人だ。
「待て。その子をどうする?」
「売りますよ。私は奴隷商人で、エルフィは奴隷です」
「売る? 嫌っ!! マッキー、息子! エルフィ、母っ。えぐっ、えぐえぐっ、ぐすんっ」
エルフィはマキシミリアンにしがみついて泣き出した。
罪悪感を刺激される。
「エルフィ、来るんだよ。ミスターは、あんたはいらないって言ってるんだ」
奴隷商人は、首輪から伸びた鎖をぐいぐいと引いた。
「あううっ。い、嫌っ、首、痛い、痛いっ、助けて、マッキー」
シャツをきゅうっと捕まれて、悪いことをしている気分がさらに増していく。
「どこに連れていくんだ?」
「ゲートタウンですよ」
奴隷商人は、何を当たり前のことを聞くのだ? とばかりの口調で言い、鞭をひゅっと振った。床を叩いた鞭が、バシンと激しい音を立てた。
脅しにすぎないのだが、エルフィがひっと声をあげてすくむ。
ゲートタウンは、関門通過待ちをする旅客の便宜を図るために発生した街だ。どこの国にも所属していないため治外法権で、娼館もある。
しかもこの男は良心的ではない。老齢の父に法外な値で少女奴隷を売りつけ、高額のキャンセル料を取る。
十三歳の娘があこぎな奴隷商人に売られ、鞭で叩かれ、娼婦として働かされる。泣いてすがる少女の手をふりほどけるほど、マキシミリアンは冷酷になれない。
「キャンセルはやめだ。その子は私が引き受ける」

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