【2018年6月18日】

『ジャンヌ・ダルクですが召喚されて邪メイドやってます』出だしたっぷり公開!

プロローグ 英雄召喚
英雄召喚術式――過去の英雄の魂を呼び出して受肉させ、使役する召喚魔術。
数年前、屋敷の蔵からそれを記した書物を偶然発見した岩倉弘汰は歓喜した。
科学の進んだ現代、魂の召喚などあまりにも非論理的であり、喜ぶのは一部の自称識者くらいのものだが、何事にも例外というものは存在する。
常識だけがこの世のすべてではない。
岩倉家は大地主として知られている一方で、何代も続く古い魔術師の家系として裏の社会では名が通っていた。
代々魔術を継承し、地域の術者、それに付随する事象の管理を任されている高位の血統である。だからこそ、偶然見つけた召喚術式に興味を引かれた。
しかも父や祖父に尋ねたが、その存在すら知らなかったという。
必要とされる魔力などの難度は高いが、これほどのものが忘れられていたことに疑問を抱きつつも、それ以上に弘汰は心を躍らせた。
自らの力でこの術式を成功させてみたい――と。
弘汰には憧れている人物がいた。
――ジャンヌ・ダルク。
農民の娘でありながら百年戦争後期、神託を信じて軍隊を率いてオルレアン城の包囲を破るなどフランスの危機を救い、後に異端審問に掛けられてルーアンで火刑となったが、死後復権裁判にて聖女に加えられた英雄。
幼いながら、弘汰は彼女の高潔さに心を奮わせた。
そして、英雄と謳われる一種の高みであると確信した。
そんな憧れが、術式の存在を知った瞬間に激しく燃え盛った。
とはいえ当時の弘汰は、まだまだ幼く未熟で到底扱えるものではなかったが、明確な目標を見据えたことで修行への意欲が増し、成長速度を飛躍的に上昇させた。


――それから数年。
相応の実力を身につけ、師である父の許しを得た弘汰は、夢にまで見た英雄の召喚がようやく挑んでいた。
「準備は整った。今の僕ならやれる……そのために何年も修行してきたんだから」
深呼吸をして、己に言い聞かせる。
わずかなミスも犯さないよう、睡眠や食事も充分に取った。
地脈の力も利用するため、場所は屋敷で最も魔力の充実している庭の一角。
この日のために昔から穴が開くほど熟読した書の通りに魔法陣を生成。
イベント前の幼子のように逸る気持ちを辛うじて抑えながら、魔力を練っていく。
感情の昂ぶりも作用してか、かつてない力が己から溢れていくのがわかる。
心の片隅に残っていた失敗の不安さえ覆っていき、やがて周囲に弘汰の魔力が満ちると、自信を確信へと昇華させる。
『天空に 大地に住まう精霊たちよ
盟約の言葉により我の力となれ
悠久の因果を律し統べるもの 我ここに願う 我ここに誓う
純然たる魂 我が意のままにその鎖を断ち切らん
我 安らぎを与え 一時の夢に誘わん
過ぎ去りし時から呼び戻し 今帰らん
我が魔力をもて 縛めを解き放つ
汝の名は――                     』
詠唱と共に吹き荒れる魔力の渦に、思わず身構える弘汰。
しかし目の前の事象に強張ったそれは、すぐに柔らかいものへと変わった。
「貴方が、私の――」
そこには煌めく陽光を背に、微笑みを湛えた少女がいた。
穏やかな風を受け、柔らかな空気に溶けるように佇んでいる。
弘汰は胸中に押し寄せる感慨に声を詰まらせ、その貴い幻想に見惚れ、同時に誇らしくもあった。
語り尽くせぬほどの憧れと想いがある。
まだ十数年と生きていない生涯の中で、これほど胸を熱くした経験はなかった。
ふと気づくと、彼女と確かな繋がりを感じた。
目に映ることはないが、魔力のパスが繋がっているのが伝わってくる。
憧れを胸に、血を吐く思いで研鑽を積み上げてきた魔術が報われた瞬間だった。
しかしこれで終わりではない。
これから始まるのだ。
幼い頃より憧れた、高潔な聖女――ジャンヌ・ダルクとの日々が。
第一章

「――た――うた……」
「……zzz」
「弘汰、起きなさい。朝ですよ」
温かな布団に包まりながら、緩やかに意識が覚醒する。
「う~ん……」
しかし瞼が重く、目覚めかけていた意識が再び闇に沈んでいく。
「…………」
「あと、五ふ――ぶるぅぁああっ!!」
意識が途切れようとした寸前、わき腹に強烈な衝撃を受けた弘汰は、綺麗な弧を描いて宙を舞った。
そのまま壁に激突して顔面を打ちつけ、擦りつけるようにして床に落下する。
くらくらする頭を支え、別の意味で飛びそうになった意識を踏み止まらせる。
「おはようございます、弘汰。朝から私の手を煩わせないでください」
「だ、だからって蹴らなくても……」
弘汰は痛むわき腹を摩りつつ立ち上がり、懇願するように彼女に訴える。
窓から射し込む陽光に煌く長い金髪。黄金色をした双眸。抜けるような白い肌。
紛おうことなき美少女だが、その表情は憮然として弘汰を見下ろしていた。
「起きない弘汰が悪いです」
「いやいや、貴方メイドで僕主」
遠慮なく蹴飛ばしてきたのは、フリルのカチューシャ、濃紺のワンピースにエプロンドレスという誰が見ても完璧なメイドさんだった。
ブラウスを着崩して胸元から見事な谷間を覗かせており、吊り目がちなこともあって品行方正な雰囲気とはいい難いのが玉に瑕ではあるが。
「知りません。そもそもこのやり取りが何度目だと? なぜ学習しないんです? その頭の中は空っぽなんですか? 脳みその代わりに綿でも詰まっているんじゃないですか?」
容赦のない言葉の槍が、ささやかな少年の反骨心を貫いていく。
美人なだけに、なおさら攻撃力が増して感じられる。
「お願いだからもう少し優しくしてもらえないかと」
「だからこうして起こしてあげているじゃないですか」
「えぇ~……」
蹴り飛ばすことが、すでに慈悲だと言いきる彼女に返す言葉がなかった。
「今さらじゃないですか、どうかしたんですか?」
「ちょっと、夢を見てね」
「夢?」
「うん。僕たちが初めて会った時のことだよ、ジャンヌ」
弘汰を蹴り飛ばした目の前の女性こそ、かつて多大な憧れの末に召喚することに成功した英雄、ジャンヌ・ダルクその人だった。
「確かに懐かしいですね――なんて頷くと思いましたか? ほんの数カ月前程度、懐かしむほどでもないでしょうに。起きたのなら早く朝食の用意をお願いします」
彼女は、当時を思い出す弘汰の言葉をあっさりと両断しただけでなく、興味がないとばかりに朝食を急かす。
「……あ、はい」
共感を得られないと早々に理解した弘汰は、おとなしく頷いて身支度を整えると、エプロンを身に着けてキッチンへ向かった。
メイドのために食事の準備に取りかかる弘汰。
立場が逆転しているが、当の本人は気にも留めていなかった。
鼻歌交じりに手早く食材と調理器具を取り出すと、ボウルに卵を割り入れ、溶きほぐして牛乳とチーズ、塩を加えて混ぜ合わせる。フライパンを熱し、バターを投入。半分ほど溶けたところで卵液を流し入れる。すぐにかき混ぜたりはせず、底がうっすらと固まってきたら軽く混ぜるを繰り返し、好みの半熟加減で皿に盛る。
付け合わせにカリカリに焼いたベーコンを添える。
冷蔵庫に残っていた野菜をサラダにして、みじん切りにした玉葱を醤油、みりん、レモン汁、オリーブオイル、胡椒と混ぜ合わせて煮立たせた自家製ドレッシングをかける。
最後にトーストと牛乳を用意すると同時に、ジャンヌもやって来る。
テーブルに並べられた先ほどまでの気怠るそうな、くすんでいた瞳が輝いて見えた。
「まだ起こしてから十分足らずだというのに、料理に関しては相変わらずの手際のよさですね」
料理は弘汰の特技でもある。
相変わらず彼女の言葉には棘を感じるが、決して間違っているわけではないため、強く否定もできなかった。
「あ、あはは……とりあえず、冷めないうちに食べようよ」
「そうですね。では、いただきます」
ジャンヌは手を合わせると、さっそく食事に手を伸ばす。
先ほどまでの無愛想な表情が嘘のように、頬は赤らみ、目尻が垂れ下がる。
小刻みに租借している様は小動物を連想させるが、唇にスクランブルエッグの油が付着しているのに気づくと、小さく舌を伸ばして舐め取る様は作法としては褒められたものではないが、健全な青少年の目には艶めかしく映ってしまう。
「――なんです? 私の顔になにかついていますか?」
「あ、ごめん。おいしそうに食べてくれるからつい……」
「そうですね。確かに弘汰の作る料理は素晴らしいです。卵の半熟加減は特に私の好みです。サラダのドレッシングも安易に市販品に頼らないのは、自ら試行錯誤して作り上げたという自信を感じます」
「……できれば料理以外でも認めてもらいんだけど」
「それこそ今さらですね。おや、もしかしてまだ眠っているのですか?」
「寝言じゃないからね!?」
「フッ……」
「鼻で笑われた!?」
出会ったばかりの彼女はこれほど攻撃的ではなかった。
夢のせいか、どうしても初対面の神々しささえ感じられた姿と比較してしまう。
そして威厳など微塵も放てていない弘汰も、かつては師である父親から岩倉家歴代の術者の中でも、屈指の才能を有しているとまで言われていたのだが――
「私を負かせとは言いませんが、せめて相応の力を示してください。たとえどのような手段を用いてでも」
「うぐぅ……」
それを言われると、弘汰はなにも言い返せなかった。
飛び抜けた才能と評されていたとはいえ、あくまで一族のなかでのものでしかない。
世界規模で歴史に名を残す人物とでは、比較にもならなかった。
そうして何度となくジャンヌとの地力の差を見せつけられたことで、この召喚術式が世に広まることなく蔵の奥で埃をかぶっていた理由を理解した。
魔術師の使い魔としては、犬猫や鳥などが一般的で扱いやすいとされている。
獣であるそれらは上下関係さえ理解させてしまえば、従順な僕となってくれる。
ところが、ジャンヌのような存在は獣とは違う。
明確な意思疎通が可能な人間だ。
しかも後世に名を残すほどの英傑ともなれば、強固な意志も持ち合わせているため、いかに召喚主であろうと、どこの馬の骨とも知れない魔術師におとなしく従うはずがないのだ。
特に彼女のように、実力を示せと言われてしまえばそれまでである。
弘汰はまだ諦めてはいないが、現状では戦っても勝率は限りなくゼロに近い。
(そりゃ術式も忘れられるわけだよ……仮に召喚に成功したとしても、呼び出した英雄が伝承通りの聖人である保障なんてないんだから)
弘汰はそれを身をもって味わっているのだ。
召喚した本人が従えるどころか返り討ちに遭ったなど、魔術師であれば絶対に口外できない。
偶然魔道書を発見するまで、長くこの世界で生きてきた父や祖父が存在すら知らなかったのも納得である。
「それで、どうするんです?」
弘汰が肩を落としていると、不意にジャンヌが口を開いた。
「え?」
「今日は休みなのでしょう? 模擬戦、するんですか?」
「あ、うん。もちろんするよ!」
気怠そうに尋ねるジャンヌに対して、弘汰は即座に顔を上げて頷いた。
それは自分が主であると認めさせる唯一の方法。
勝てる見込みなど微塵もないが彼女は言った「私に認めてもらいたければ、勝てないまでも相応の実力を示してください」と。
弘汰にも魔術師としてのプライドがある。
その約束を交わして以来、平日に鍛錬を行い、学校が休みの土日は毎週のように挑んでいるのだが、ジャンヌが料理以外で敬う気配を見せないことからもわかる通り、今のところ結果は全戦惨敗。
せめて一矢報いることが現状の目標だった。
「でも珍しいね、ジャンヌから誘ってくるなんて」
「そうですか? 単に食後の運動にはちょうどいいかと思っただけなんですけど」
「ですよねぇ……」
戦績からすれば当然の反応なのだが、一瞬でも成長度合いに期待されているのではと妄想を膨らませてしまった自分が恨めしかった。
「ご馳走様でした。では、食器を片付けたら外へ移動しましょうか」
「うん」
今日こそはと気合を入れながら、弘汰は食べ終えた皿を片付けていった。

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