【2018年10月15日】

僕には悪魔な師匠がいます出だし

僕には悪魔な師匠がいます 青橋由高/HIMA

出だしです! ぜひご予約お願いいたします!

プロローグ
リリス。
少年は、物心着いた頃からその悪魔の名を聞かされて育った。
「お前はリリス様のために生まれてきたのだ」
「お前はリリス様のために死ぬのよ」
少年は、自分や、自分の両親のことより、この悪魔についてのほうが詳しかった。繰り返し繰り返し、リリスに関するあれこれを教えられて育ったからだ。
リリスは始まりの悪魔。最も旧く、最も強大な悪魔。
リリスはイヴよりも先にアダムを誘惑した最初の人妻。
リリスはアダムを捨てたのちにサタンの妻となり、数々の悪魔を生み出した。
リリスはどんな男でも女でも肉欲の虜にする、最も美しく、最も淫らな悪魔。
リリスは誰とでも交わるが、誰にも己に跨がらせず、常に相手を組み敷く淫婦。
リリスは獰猛なフクロウを使い魔として使役する。
「さあ、リリス様のためにその命を捧げるのだ」
「さあ、リリス様のためにその命を捧げるのよ」
悪魔リリス。
少年がその姿を初めて見たのは、彼の命がまさに消えようとする寸前だった。
黄金色に輝く長く艶やかな頭髪。
血よりも赤いドレスに包まれた、妖艶な肢体。
重力の存在を無視したとしか思えない、奇跡的なサイズと形を誇るバスト。
頭部から生えた、二本の角。
腰から生えた大きな羽と、細長い尻尾。
美という概念をそのまま表現したかのような、整いすぎた顔。
そして、見られただけで凍てつくような瞳。
肩には、鋭いくちばしを持つフクロウが乗っていた。
「リリス様、どうぞお納めください」
「リリス様、どうか私たちの願いを叶えてください」
「…………」
リリスは、ゆっくりと少年に近づいてきた。捧げられた生け贄を値踏みするような冷たすぎるまなざしに、少年のまだ未熟な心臓は一瞬止まりかける。だが、すぐに小さな心臓は再び動き出す。これまでになく熱く、強く、激しく。
「僕を……殺してください」
この美しい悪魔に殺されるなら、きっと自分の人生は無駄ではなかった。
まだ幼い少年にそう思わせるほど、目の前の悪魔は蠱惑的だった。
けれど、リリスは動かない。ただじっとこちらを見ているだけで、なにもしてくれない。殺してくれない。
「お願いします。僕を、殺してください」
もしかしたら自分は生け贄として不足なのだろうかという恐怖から、少年はリリスに近づき、真っ赤なドレスを握りしめた。
こんな不遜な真似をすれば、怒りで殺してもらえるかも、と考えたのだ。この美しいドレスと同じくらい真っ赤な血を噴き上げ絶命する己を想像し、少年はぶるりと細い身体を震わせる。
「……そうね、きみの命、いただこうかしら」
初めて耳にするリリスの声は、鼓膜と脳を蕩かすように甘かった。
そして、少年の意識はここで途切れた。

(なんでこの国に来てまで、召喚されなきゃならないのよ。忌々しいわね、もう!)
旧き悪魔リリスは、うんざりしていた。静かで気ままな生活を求めて極東の島国にやって来たというのに、強力な術によって無理矢理召喚されたことに、心底苛立っていた。
(うわぁ、なによここ、ホントに日本? どこかの洞窟の中かしら? あーあー、ずいぶんと本格的な連中ね。こんなの数百年ぶりに見たわよ。私を呼び出す術なんて、もうとっくになくなったと安心してたのに)
薄暗く、じめじめした洞窟のような場所に描かれてた魔方陣の真ん中に彼女は立っていた。ついさっきまで自宅マンションで昼寝を楽しんでいたところだったので、非常に眠たい。目つきが悪いのはそのせいだ。
(いったいいつまで私に関する勘違い、なくなるのかしら)
自分を呼び出した集団の代表なのだろうか、中年の男女がなにやら言っている。リリスを讃えてるようだが、本人からすると侮辱されてるに等しい。なぜなら、リリスに関する伝承のほとんどが事実と異なるからだ。
(私が最初の、第一世代の悪魔ってのは事実だけど、他は全部嘘もいいところよね。アダムとかサタンなんてただの他人だし、私、未婚だし。子供なんて産んだことないし)
神を引き立てる道具として、人間に都合よくその存在を利用されることの多い魔族だが、自分ほど偽りのエピソードを押しつけられた悪魔もいないと彼女は思っていた。
始まりの悪魔である以上、サキュバスやインキュバスといった淫魔の始祖なのは確かだ。けれど、大昔に気まぐれでとった魔族の弟子がその後サキュバスとなっただけで、リリスが産んだわけではない。サキュバスが産んだのがインキュバスである。
(だいたい私、処女だし。男、知らないし。こんな清い身体の悪魔に対して、人間ども、酷すぎでしょ。そっちのほうがよほど悪魔みたいよ。デマの出所の人間見つけ出して、消滅させてやりたいわ。とっくに死んでるだろうけれど)
「リリス様、どうぞお納めください」
「リリス様、どうか私たちの願いを叶えてください」
「…………?」
静かに怒りつつ、リリスは目の前にやって来た幼い少年を見る。人間に召喚されたことは昔何度かあったが、こんな子供を生け贄に差し出されたのは初めてのことだった。
(え? もしかしてこの土地だと私、ショタとか思われてるの? せっかくリリスとか悪魔に興味なさそうな国に来たのに。私、そっちの趣味ないんだけど)
さて、どうしたものかと金髪の悪魔は考える。
なにを企んでるかは知らないが、子供を生け贄にするような者たちに力を貸す気はない。ここはさっさと立ち去るのが一番簡単だ。
しかしそうした場合、この少年がどうなるかが気になった。放置した場合、ろくでもない人生が彼を待ってるのは確実に思えた。現在でも相当にろくでもない境遇なのは明らかだった。
「僕を……殺してください」
善後策を考えていたリリスにある決断をさせたのは、少年のか細い声と衝撃的なセリフ、そして彼女に向けられた純粋な、どこまでも純粋な瞳だった。
たとえ歪んだ想いだとしても、そこに混じり物がなければ純粋であることに変わりはないのだ。
(あ。可愛い。この子、可愛い。賢そうだし、可愛いし、将来いい男に育ちそうだし、面白そうだし、退屈しのぎになりそうだから、もらっておこうかしら)
それは、長い長い人生を歩んできたリリスのほんの気まぐれでしかなかった。
「……そうね、きみの命、いただこうかしら」
始まりの悪魔が、初めて人間の弟子を取るのは、この日から一年後のこととなる。
第一章
1 昴の日常
「悪魔は私たちを狙ってます。助かるためには、神を信じるほかないのです」
学校からの帰宅途中、田中昴は、やたらと瞳孔が開いた若い男から声をかけられた。
(ウーラは……なにも反応してない。敵意はないってことか)
昴はビルの上からこちらを見守ってくれているフクロウが動かないのを確認してから、
「あ、そーゆーの、間に合ってます。僕、悪魔に守ってもらってますんで」
軽く受け流し、すたすたと先を急ぐ。早くしないと、夕方のタイムセールに間に合わないからだ。
「Oh、悪魔主義者……」
(悪魔より、人間のほうがよっぽど怖いんだけどな)
背後から聞こえてきた嘆きの声に、昴は苦笑いを浮かべる。一瞬、あまり愉快でない記憶が甦るが、すぐに今夜の献立に意識を戻す。
(うちの師匠、油断するとすぐ肉ばっか食べるから、野菜、多めにしないと)
最寄りのスーパーで手早く食材を購入した昴は、自宅のあるマンションへと帰宅する。昴が保護者と二人暮らししてるのは、最上階の一室だ。
「師匠、ただいま帰りました」
「今日はいつもより遅かったわね、バカ弟子」
「うわぁっ! びっくりしたぁ!」
突然耳元に聞こえてきた声と、背後から抱きしめられた昴は、その場で飛び上がった。抱きしめられるのはともかく、同時に軽く首を絞められるのは、何度経験してもなかなか慣れない。
「きみはいちいち大袈裟すぎ。この程度でなにを驚くのよ。軟弱ね。首、絞めるわよ?」
そう嘆きながらさらに密着してきたのは、昴の師であり保護者でもある入家リリアだ。
輝かんばかりの見事な金髪、冷たい氷を連想させるブルーの瞳、雪のごとき白い肌、そして整いすぎるほど整った顔立ちのこの美女には、しかし、普通の人間とは異なる点があった。頭部の二本の角に背中から生えた翼、そして腰から伸びた細長い尻尾である。
「気配を消していきなり後ろから抱きつかれたら、普通は驚きます! 首を絞められたら、普通は脅えます! 僕以外の人にやったらダメですよ!?」
「私は別に気配を消してないけど? 昴の勘が鈍いだけよ。それと、どうして引きこもりの私がきみ以外の誰かと会ったりするの? そもそも、そんな真似すると本気で思ってるの? 出来も察しも悪い弟子には、罰を与えるべきね。てい。ていていっ」
「痛っ、痛いです師匠っ」
リリアが大きな角でつんつんと昴のうなじや頬を突いてきた。鋭利に尖ってるわけではないが、それなりに痛い。的確に痛点を狙ってのかのようにすら感じる。
「拾ってやってからもう十年以上だというのに、きみはダメ弟子のままね。情けない。大悪魔リリスの弟子という自覚が足りなすぎ」
自分で言ってるように、リリアは悪魔だ。それも、リリスと呼ばれる最初期の、そして最強クラスの悪魔である。この世の悪魔すべての始祖がリリアなのだ。
本人は「女の年齢を尋ねるなんて昴はデリカシーないわね。この世から存在を抹消されたい?」と教えてくれないが、リリスの伝承が正しいとすれば、恐らくは最低でも三千歳以上になる計算だ。
「身体は大きくなったけれど、それでもまだ私よりも低いしね」
「し、身長に関しては僕も気にしてるので、どうかその点はそっとしておいてください……」
己の身長が平均に届いてないことよりも、師匠の顔を見上げなくてはならないという現実が悔しい。だが、高身長の師を格好いいと思う気持ちもある。
「過去に何人か魔族の弟子をとったけど、きみだけよ、魔法を使えないの」
「普通の人間ですみません……」
過去、リリスがとった弟子はすべて魔族で、
「ガールズトークもできないし」
「男ですみません……」
しかもその全員が女だった。そのうちの一人が淫魔サキュバスの祖先である。
「まあ、別に種族は気にしないし、きみが男のほうが嬉しいけれど。今となっては」
リリアの最後のつぶやきは、うまく聞き取れなかった。
「え? 今、なんて言いました?」
「ううん、別に。手のかかる弟子ね、と思っただけよ」
はあぁ、と大きなため息を吐くと、リリアはより昴に体重をかけてきた。
(はうっ! 胸が、師匠のお胸がぁっ!)
リリアのバストは、控えめに評しても爆乳だ。具体的には、メーターオーバーという超級サイズ、ブラのカップ的な意味でもK点越えである。ただし、正確なカップは本人もわからないという。
『ブラなんて使わないから、サイズなんて知らないわ。きみと暮らすようになってから大きくなったのだけは確実だけど。ふふっ』
サイズが変わったというのは、周囲の欲望を反映するというリリスの性質によるものだ。つまりは、
『きみは大きな乳が好きなのね』
とからかわれたわけだ。
(自分では特におっぱい好きとは思ってないんだけど、師匠の身体に変化があるってことは、そういうこと、なんだろうなぁ)
その凶悪すぎる双つの膨らみを背中に押しつけられては、若く健康な男子高校生である昴が平常心でいられるわけがない。
しかもこの悪魔、普段からやたらと肌が露出した服を好んで着用するため、余計に質が悪い。どんな不健康な生活をしても、魔力さえあれば老化も劣化もしない肉体のせいか、いつもノーブラである。超級サイズにもかかわらず、まったく垂れないのだ。
美とエロスいう概念に肉体を持たせた存在がリリスなのよ、というリリアの言葉が、まさに今、実際の質量と感触となって昴の背中に当たっている。
「こら、なにを逃げようとしてるの。お帰りのハグを、師弟のスキンシップをないがしろにすることは許さないから。弟子としての義務を果たさないなら、消滅させるわよ?」
なんとか離脱しようとする昴に対し、リリアは両腕に加え、細長い尻尾までをも使って弟子を拘束してくる。
「し、師匠のスキンシップは過剰なんですってば!」
「淫魔でもあるリリスにとって、スキンシップは呼吸のようなものよ、いい加減に慣れなさい。そして諦めなさい。子供の頃は昴のほうから私に抱きついてきたくせに」
「そんな昔の話をされても!」
「一緒にお風呂に入っておっぱい吸ったり、一人で眠れないからと私のベッドに潜り込んできてはおっぱいに顔埋めたりしてたくせに」
「そそっそれは……だって、まだ僕の小さい頃の……」
「お黙りなさい、エロ弟子。スキンシップ程度でおたおたしないでちょうだい、みっともない。ほら、ちゃんときみからもハグをなさい。お帰りのキスをなさい。破門するわよ? 魔界に叩き落とすわよ? 血の池に沈めるわよ?」
リリアはいったん昴から離れると、大きく両手を広げる。
「……ただいま帰りました、師匠」
昴は二度ほど深呼吸をしてから、美しすぎる師匠をハグし、そのすべすべの頬に軽くキスをする。香水など一切使わないくせに、やたらと甘い匂いを漂わせるのが凶悪だ。
「お帰りなさい、昴。……ちゅ」
昴とは違い、リリアは唇への軽いキスを返してくる。
子供の頃からの習慣なので、ファーストキスがどれだったかなど思い出せないことを密かに悔しく思う昴なのだった。

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