【2018年12月13日】

PT追放されましたが、出だしが読めて幸せです

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プロローグ 捨てられしものの出会い
暗く、死の気配が満ちる部屋だった。
その気配を生み出すのは血であり、その深紅は男が流しているものだった。
「……う、ぐ」
じわじわと身体から熱が抜けていく感覚に、彼は呻く。
「……捨てられて、終わり、か」
自分自身の終わりを口にすれば、血の味が現実感を教えてくれた。
世界を救う、そんな大層なお題目を掲げた冒険者グループに運よく、あるいは運悪く入ってしまった彼は、パーティの盾役として、愚直と言えるほどに誠実に仕事をこなした。
仲間を守り、誰も傷つけず、たったひとりだけが傷つく。そして、いつしかパーティは痛みを忘れ、自分たちの強さを過信した。
「……だから、無理だって言ったんだ」
盾役である彼の言葉を聞かず、分不相応に危険なダンジョンに入ったパーティは当然のように壊滅の危機に陥った。何度も罠を踏み、幾度も強力なモンスターに出会い、疲弊していった。
当然のようにパーティの面々は保身に走り、彼は味方を逃がすために、たったひとりで取り残された。まるで、消耗品がごとく。
「こういう終わり方だろうとは、思っていたさ……」
男は自嘲の笑みを浮かべて、血だまりに横たわる。
視界が曖昧になっていくことをどこか心地よく感じながら、彼は瞳を閉じた。
「それでも、仕事はできただろう……」
敵の目を引きつけて、味方を逃がす。
盾役としての責務を、彼は間違いなく果たしたのだ。
悔いはある。けれど、納得もあった。こうなるだろうと思っていて、実際にそうなり、けれど全滅という最悪のシナリオは回避できたのだから。
「……もう、眠ってもいいだろう……」
「なんじゃ、もう目を閉じるのか?」
「……は?」
唐突に聞こえてきた声に、男は閉じかけた目を開けた。
「あ……」
目に入ってきた光景に、彼は思わず息を呑んだ。
まるで月が浮かんでいるかのような金色の髪と、海のように深い瞳。
身を包んでいる装束は、一目で魔女とわかる、いっそ仰々しいほどに『らしい』もの。
なによりも本来の人とは違う長い耳が、彼女の異質さを際立たせていた。
「ま、じょ……」
「そう、ぬしらがノコノコ入ってきた迷宮。その主たる魔女が、わしじゃよ」
からからと笑う魔女のことを、彼は知っていた。
遙か遠い昔に人を捨て、悪魔とともに堕落した魔女。
パーティは魔王を討伐するという最終目標の足がかりとして、魔女の持っている財宝を狙っていたのだ。
(綺麗な女だな……)
死の淵にあるがゆえだろう。彼は自分の命が消えかかっているにもかかわらず、そんなことを考えた。
彼の目の前には、空のない迷宮に月が現れたかのように、金色の髪が広がっている。うっすらとした意識も相まって、ひどく幻想的な光景に映った。
「なるほどのう……」
美貌の魔女はしげしげと彼を眺めると、何度か頷き、少しだけ考えるような素振りをして、
「ばーか」
「は……?」
彼が思ってもいなかった、言葉を投げつけてきた。
「さてはぬし、相当なバカじゃな。なんだその無理くりに引っつけた筋肉は。なんといういびつ。なんという滑稽。阿呆の所業じゃ。どう見てもおぬしに盾役は『合っておらぬ』であろうが」
「な、に……?」
「そもそもなーにが仕事はできたじゃ、一番大事な仕事ができておらんであろうが。自分を守らずして、なにが盾役か、ばーかばーか」
「っ……お前に、なにがわかる……!」
湧き上がる怒りは、当然のものだった。
今までに積み上げて、それが終わる瞬間に、なにもかもを否定された。怒らない方がおかしいだろう。
怨嗟のような怒りをぶつけられた魔女は、それまでの気軽な笑みをゆるやかに消して、
「わかるともさ」
響く言葉は、死の匂いがする部屋の中に、静かに響いた。
先ほどまでと打って変わって驚くほどにまっすぐな言葉に、男は自分の命が消えかけていることを忘れるほどに、心を揺さぶられる。
「頑張ったのであろう。研鑽したのであろう。でなければ本来、その身体にはそこまでの筋肉と傷はつかぬ。心のどこかで『これが正しいのか』と疑問を感じながらも、今この瞬間も信じ続けているのであろう」
「お前は……」
「だからこそ言おう。おぬしのバカのような純真さを、愚かと笑って砕いてやろう。……それくらいは、してやらねばの」
魔女が語る言葉は彼ではなく別のものに向けているようで、どこか空虚な口調だった。
「おぬしに、戦士や壁役は向いておらんよ。ぬしには恐れを知らぬという才能が足りない、体格にも恵まれていない。それでもと努力したことは認めよう。それでなお……こうして捨てられたのが、現実だ」
「……ああ、そうだな……」
厳しいはずなのに、どこか優しげに聞こえる言葉に、男の中にあった怒りがゆるやかにしぼんでいく。
命が尽きかけていることなどもはや頭から消え去るほどに、彼の心は静かになった。
恨みはない、後悔もない。やったことを否定されたくはない。それでも、自分がやったことが回り道だったことに、男は納得したのだ。
「だから、わしが拾おう」
降ってきた言葉は、彼が予想していなかったものだった。
「……は?」
「どうせ捨てられた命じゃ、わしが拾っても構うまい?」
先ほどまで死にかけていたことも忘れて身体を起こし、彼は魔女を見上げる。
「な、なぜそうなった……」
「ぬしはこのダンジョンに捨てられた。そしてわしはこのダンジョンの主なのじゃから、捨てられているものを拾っても誰に咎められることもあるまい。ちなみにもう決定して契約済みじゃ。ほれ、もう傷の痛みも消えておろう?」
「あ……」
確かめるように触れてみれば、そこにはもう傷痕すらも残っていなかった。
痛みに代わるようにして、急激な眠気が瞼を閉じさせようとする。
「お、まえは……」
「そういえば、まだ名前を教えてなかったのう。わしの名はセレネ。今日からおぬしの師匠になる、引きこもりの大魔女じゃ」
ぐらりと視界が揺れて、暗くなっていく。
意識を失う前に彼が感じたのは、相手の手指が髪に触れる感触だった。

第一章
1 魔女の弟子
「……ひどい夢を見た」
「心配せずとも、現実じゃぞー」
「現実に引き戻すの、もう少し待ってくれないか……」
「引きこもり魔女に空気が読めるわけなかろう?」
にんまりと笑い、セレネと名乗った魔女は続けて言葉を紡ぐ。
「ところで、お前の名前も教えてくれんか? わしの名前はさっき教えたじゃろう?」
「……アステル」
「アステルか、よい名前だ。眠る前のことは覚えておるか?」
「……俺を拾うとか、なんとか」
起き抜けの頭でなんとか記憶を掘り出して、アステルは言葉を作る。
彼が目を覚ました部屋は、先ほど死にかけていた場所とは大きく異なっていた。
数人が一度に眠れそうなほどに大きなベッドは、ダンジョンの床のように冷たくはない。
周囲にある鏡などの調度品は一目で高級だとわかるほどに質がよく、それでいて骨を組み上げた正体不明のオブジェなど、魔女らしい物品も多数並んでいた。
間違いなく女の部屋でありながら、あやしげな雰囲気もまとった不思議な空間。そんな場所で、アステルは目を覚ました。
「うむ、覚えているようでなにより。これよりぬしは、わしの弟子じゃ」
「弟子……?」
「重ねて言うことになるが……ぬしに盾役などという役目は合わぬ。ぬしの身体は男として小さくはないが、特別に大きくもない。筋肉もつきづらい体質なのを無理につけておる。それは、他でもないぬし自身が理解できているじゃろう?」
「…………」
もはや意地を張ることもないと思ったのか、アステルは言葉こそ返さなかったものの、小さく頷いた。
自分が人よりも成長が遅いことなど、とっくに気がついていた。それでも、今の自分の役目を果たすことを重んじた。
「間違いがないように言っておくが……わしは、ぬしの努力を悪いとは言っておらぬよ。努力ができるというのも立派な素養であり、勤勉はなにより誇るべき、宝だと思うとる」
魔女という言葉が似つかわしくないほどに柔らかな、慈愛すらも垣間見える瞳で、セレネはアステルを見つめる。
「だからこそ、わしはそれを否定する。誰も否定せず、便利な道具としか思われていなかったぬしを否定する。……ばかものめ」
「う……」
「努力するのはよい、しかしぬしがしていた努力は、畑で魚を釣ろうとするようなものじゃ。方向性を間違えた努力は、実を結ばぬ」
「あのな……自分の才能なんて、わかるはずないだろう」
ぶすっとした顔で、ぶっきらぼうにアステルは言葉を返す。
彼とて、自分に伸ばすべきものがあるとわかっていたならば苦労などしていない。それでも努力はしてきて、それなりに結果も出してきたのだ。
明らかに不機嫌になった相手のことを気遣うようにして、金色の魔女はゆっくりと言葉を作る。
「ふつうはそうじゃな。だから闇雲に努力する。そうして失敗や成功を重ねて、それを経験則として覚え、最適解を見つけていく。それで間違ってはいない。しかし、おぬしは今日より私の弟子じゃ。ゆえに、特別に教えよう」
「教えるって、なにをだ?」
「ぬしの才能じゃ。ぬしになにが合っているのか、教えてやろう。それは……魔法じゃ」
「魔法……?」
「うむ。ぬしには魔法の才能がある。わしにはわかるぞ、なにせ大魔女じゃからな」
「……俺は一切、魔法なんてものは使えないんだが」
本人が言う通り、アステルは簡単な魔法さえ扱うことができない。
魔法の才能があるかどうかは、幼少時に魔法を覚えられるかどうかで判断される。
そのハードルをクリアできなかった彼にとって魔法という力は手が届かないものであり、今さらに魔法の才能があるなどと言われても、素直に受け取ることができないでいた。
「それは、ぬしが魔力の使い方を理解しておらぬだけよ」
「魔力の使い方って……」
「わしの弟子になれば、それを教えてやる。拒否するのなら、おぬしをもう一度、今度は全裸でダンジョンへ放り出してやろう」
「……おい、それは脅迫じゃないのか?」
「魔女がまともな話をするわけなかろう。さぁ、決めよ。今すぐだぞ」
「…………」
「いーまーすーぐー」
「ほ、本当に待たないな!? 魔女は長命なんだからちょっとは待ったらどうだ!?」
ぺしぺしと頬を叩かれながらも抗議すると、魔女は悪びれた様子もなく、
「悠久の時を生きるがゆえ、目の前の楽しみにはせっかちであるのじゃ」
「うわ、こいつ面倒くさい年寄りだ……!」
「コラ、誰が年寄りじゃ! 師匠に向けて不敬じゃぞ!」
どうもセレネの中ではすでに弟子になるのは決定しているらしく、さも当然のように師匠ぶっている。
どうあっても逃げられないと思ったのか、アステルは相手の態度にしぶしぶという感じで首を振って、
「ああもう、わかったよ。……俺だって自分の立場はわかってる、帰るところはもうないんだ、弟子でも使用人にでも、なんでもしてくれ」
「ふふん、決まりじゃな!」
「そっちが一方的に決めてたんだろうが……」
満足げな師匠が手を伸ばし、未だに理解が追いついていない弟子はただ流れを受け入れるように、その手を取る。
こうして、捨てられた盾役と、奇妙な魔女のふたりは師弟となった。
奇妙で、ちぐはぐで、しかし誰もそれを咎めるものはいなかった。
なぜならば、ふたりともすでに孤独だったからだ。

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