【2019年2月19日】

僕には雪女なお姫様がいます出だし公開!

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プロローグ思い出の冬~僕には歳上の幼なじみがいます~
 僕には、二つ歳上の幼なじみがいます。
 彼女は僕の友達であり、姉のような人であり、お姫様でもあります。
 お姫様。そう、彼女は本物のお姫様なんです。
 ただ、彼女は僕を悪いことに巻き込んだり、悪戯してきたりする、やんちゃでわがままで、ちょっと困ったお姫様でもあるんです。
 でも、僕は彼女に振り回されるのが多分、そんなには嫌いじゃなかったんだと思います。だから九年前のあの寒い日にも、僕は彼女、ユーリヤと一緒にいたんでしょう。
「ね、涼太郎、今日はいいものを見せてあげる」
 あ、これはまずいことになると、僕はすぐに察しました。
「あの、ユーちゃん、僕、今日はこのあと、約束が」
 だから、咄嗟に嘘を吐きました。でもこれが大きなミスだったことは、当時の僕にもすぐわかりました。理由はわかりませんけど、ユーリヤの表情が一変したからです。
「へえ、約束。約束、あるんだ? ふうん? でも、ダメ。きみはこれから、私の、お姫様のお供で向こうの山まで行くことになるんだから」
 彼女の青い瞳が、僕の鞄を睨みました。もしかして、この中に入ってるものを知ってるのかも、と思いました。どうしてか、これは見られてはまずいと感じたのです。
「今日はね、特別に私の力を見せてあげる」
 彼女は僕の手を握ると歩き始めました。逆らっても無駄だと諦め、まだ機嫌を害したままのお姫様と一緒に雪山の頂に着いた頃にはもう、太陽が沈みかけていました。
「ユーちゃん、そろそろ帰らないと怒られちゃうよ?」
「大丈夫よ、すぐ済むから。終わったらすぐ帰るから」
 ユーリヤの大丈夫は、だいたい、半分くらいの確率で大丈夫にはなりません。
 案の定、このときも大丈夫ではなくなりました。
「私も春からは中学生、大人よ。だから、こんなことだってできちゃうんだから!」
 そう言って彼女が大きく両手を広げたその瞬間、突然強い風が吹き、そして雪が舞い落ちてきました。
 雪女であるユーリヤが雪を降らすのはそれまで何度も目撃したことがありました。けれど、このときほど大量の雪を降らせたのを見たのは、初めてでした。
「うわぁ、凄い……凄いよユーちゃん!」
 僕は驚き、感心し、そしてどんどん強くなる雪と風に見惚れました。……いいえ、正直に言います。僕が見惚れていたのは、ユーリヤでした。
 風で揺れる長い銀髪、空よりも青い瞳、全身から滲み出すような青白い光の神々しさは、おとぎ話の中に出てくる美しい妖精そのものに思えたのです。
「ふふふ、どう? まだまだ本気じゃないからね、これでも」
 でも、僕が一番好きなのは、こういうときに見せる、彼女の得意げな笑顔だったりします。もっとも、この表情を見たあとは、あまりよろしくない結果が待ってたりするのですが。
「あの、ユーちゃん、ちょっと降らせすぎじゃない? 前、見えなくなってきたよ? 寒いよ? 暗くなってきちゃったよ?」
 僕たちはこの日、遭難してしまいました。

 私には、二つ歳下の幼なじみがいます。
 彼は私の友達であり、弟のような存在であり、下僕でもあります。
 下僕。そう、彼は私の下僕なんです。
 ただ、彼は私と一緒にいることをときどき嫌がります。こんなに可愛いお姫様が一緒に遊んであげてるというのに、なんて生意気なやつなんでしょう。
 そう、生意気なんです。だって、九年前のバレンタインデーのときだって、私以外の女の子からチョコをもらって浮かれてたんですから。信じられない。今思い出してもむかむかします。
「涼太郎、待ってて、すぐに雪を止めるから!」
 十二歳になり、雪女としての能力をだいぶ使えるようになった私は自慢がてら、涼太郎をちょっとだけ困らせるつもりでした。できるなら、彼が私以外の女の子からもらったチョコを凍らせてやろうかな、くらいのことも企んでましたけど。
 でも、私は雪を降り止ませることができませんでした。焦れば焦るほど、逆に雪も風も強くなります。当時の私にはまだ、妖力を完全に制御できなかったのです。
 日は落ち、さらに気温は下がりました。強い風のせいで、体感温度はもっと低かったはずです。
「かまくらを作ろう、ユーちゃん」
 涼太郎が、紫色の唇で言いました。
 体温が高く寒さに強い雪女と違い、普通の人間である彼が限界にあることにようやく気づいた私は、大急ぎでかまくらを作りました。このときはうまく雪を操れ、ほっとしたことをよく覚えています。
「ユーちゃんは、寒くない? 大丈夫?」
 かまくらの中に避難したことで最悪の事態は免れました。だけど、涼太郎の体温は下がる一方でした。すぐ戻るつもりだったから、軽装だった点も不運でした。
「私は平気よ。雪女なんだから。きみこそ平気なの?」
「うん。僕は、大丈夫……」
 そう告げたあと、彼は気を失いました。身体は雪のように冷え、呼吸も弱々しく、私は恐ろしい予感に震えました。
 涼太郎を救いたい。絶対に助けたい。
 私は彼を抱きしめました。己の体温を分け与えるためです。
 少しずつ彼の顔色がよくなり、呼吸が力強さを取り戻すのを見たとき、私は初めて、自分が雪女であることに感謝しました。
 救助されたあと、涼太郎の記憶が少し混乱してると聞いたとき、ちょっと残念だと思ったことは、絶対に内緒です。

第一章 再会の春~避難先の山小屋で雪姫様と初体験~
1 帰郷
 春だというのにまだまだ雪だらけの故郷に帰ってきた四位涼太郎は、重い足取りで雪守ホテルを目指していた。帰省前日、つまり昨日、両親からそう指示されたからだ。理由はわからない。聞いても教えてくれなかったのだ。
「……着いてしまった、雪女の総本山に。あの人のいる場所に」
 村のシンボルであるホテルとそのレジャー施設は、有名な観光都市にあるものと比べても決して引けを取らない。
 ここ雪守村を訪れる観光客は、数で言えば多くない。けれど、知る人ぞ知る高級リゾート地なのだ。そして、その本当の姿は雪女一族の隠れ里でもある。
(あまり隠れてない気もするけどな、ここの人たち)
 涼太郎はホテルの裏に回り、子供の頃からよく使っていた関係者用の入口から建物内部に入る。擦れ違った顔見知りの従業員たちが「お帰り」と笑顔で出迎えてくれる一方、何人かは涼太郎から顔を逸らしたり、目を伏せたり、中には「ごめん」と謝ってくる者までいた。妙な態度を取ったのは、全員、雪女だった。
(え? なに? どういうこと?)
 訝しみつつ、両親から指定された時間どおりに支配人室のドアをノックする。
「大学合格おめでとう、涼太郎」
 入室した涼太郎を出迎えたのは、今、一番触れられたくない話題だった。その発信源は、白いドレスを纏った二十二歳の美女、白金ユーリヤだ。村の雪女たちを束ねる雪姫が、氷のように冷たい視線を向けてくる。
 実は戸籍上は「ゆりや」なのだが、家族を含めてみな、ユーリヤと呼んでいる。
「ぐっ」
 幼なじみである銀髪の若き支配人の先制攻撃に、涼太郎の表情が強張る。
「三年間、頑張った成果だね。うん、一人でよく頑張ったよ、きみは」
「ぐぐっ」
 こちらの反応を見て、ユーリヤはさらに追い打ちをかけてきた。この容赦のなさは、子供の頃からまったく変わってない。むしろ、大人になって酷くなっている。
「あれ? だけどきみの志望校って、東京のあそことかあそこじゃなかったかな? 夏に会ったときも、模試の結果を私に見せびらかしてなかったっけ?」
「ぐぐぐっ」
 誰もが知るような一流私大の合格を目指し、涼太郎は三年前に村を出て都内で一人暮らしを始めた。猛勉強の甲斐あって模試ではA判定を連発してたのだが、結果は惨敗。合格したのは、滑り止めで受けた地元の大学だけだった。
「姫様、涼太郎くんをいじめるのはそのくらいで」
 助け船を出してくれたのは、ユーリヤと同じく雪女であり、支配人代理でもある副島早穂だった。短く切り揃えた黒髪や小さいレンズの眼鏡、そしてスレンダーな肢体を包むスーツは、有能な美人秘書、という印象を涼太郎に与える。
 ユーリヤの母の親友で同級生でもあるが、三十代前半と言われても信じてしまいそうなくらいに若々しい。
「ありがとうございます、早穂さん」
「……いえ」
(ん?)
 早穂がなにか言い淀んだように見えた。先ほど、何人かの雪女がした反応とどこか似てるようにも感じる。
「早穂さんにはありがとうって言って、私にはなしなんだ? ふーん? ふーん?」
「あなたのさっきの言葉は、明らかに嫌味だったじゃないですか」
「勝手に村を飛び出して、三年間、一人で頑張って見事に大学合格を決めた幼なじみを心から祝福したんだけど? 他はことごとく落ちたようだけど?」
 勝手に、という言葉のチョイスに、ユーリヤの本心が見え隠れする。
「じゅ、受験は運もありますよ、姫様」
 早穂がなぜかやたらと申し訳なさそうな顔でフォローに回ってくれたが、残念ながらユーリヤは涼太郎に対する攻撃の手を緩めなかった。
「あと四年はこっちに戻ってくるつもりはないとか言ってなかったっけ?」
 ソファに座ってからも、ユーリヤの責めは続く。
「……はい」
「結局地元の大学に通うことになったのだから、高校もこっちにしておけばよかったじゃない。ホントにきみってば、無駄なことしたよね」
 心の傷が抉られダメージを受ける涼太郎とは対照的に、ユーリヤの表情が明るくなっていく。そんな幼なじみの笑顔に、涼太郎のメンタルが若干回復する。
(この人に振り回されっぱなしなところは、昔から変わらないんだなぁ、僕)
 子供の頃から変わらないことが嬉しくもあり、切なくもあった。
「その点、ユーリヤは凄いですよね。僕とあまり歳が変わらないのに、一族の姫として、ホテルの支配人としてもう立派に働いてるんですから」
 涼太郎は強引に話題を変える。ユーリヤも皮肉の連発でいくらかすっきりしたのか、特に蒸し返したりはしなかった。
「名前だけのね。実務は早穂さんとか、他のみんながやってくれてるもの」
 謙遜しつつも、涼太郎から注がれる尊敬のまなざしに照れくさそうに微笑む。
「姫様は立派にお仕事をされてますよ」
 早穂が紅茶を出してくれた。
「少し席を外します。……涼太郎くんには話したいことがありますので、またあとで」
「え? はい、わかりました」
 涼太郎が頷くと、早穂は支配人室から出ていった。
「きみ、ホテルの様子、どう思った? なにか変じゃなかった?」
 出された紅茶を一口飲んでから、ユーリヤがそう切り出してきた。
「ここに来るまでに何人かと擦れ違ったんですけど、よそよそしいというか、何度か妙な反応されましたね。全員、雪女の人でした。でも、ここの女性って雪女が多いから、確率的にはおかしくはないです。ただの偶然かもしれません」
「相変わらずきみは理屈っぽいねー。そういうんじゃなくて、直感でいいから」
「どこかの誰かさんの直感に振り回されて、色々と痛い目に遭ってますんで」
「黙れ。凍らせるぞ」
「暴力反対。妖力反対。……正直なところ、偶然とは思えませんでした」
「ふむ」
「なにか心当たりでも?」
「ここ最近、どうも周囲のみんなが私になにか隠し事してる感じがするんだよねえ」
 ユーリヤによると、今年になってから雪女たちがこそこそ動いてるのは感じていたらしい。ただ、具体的にはなにもわからないという。
「ホントにここの支配人なんですか?」
「うるさいなぁ、もう。自分がお飾りだってことくらい、私が一番わかってるよ。涼太郎の意地悪っ」
 ぷう、と唇を尖らせる幼なじみの反応に、故郷に帰ってきた実感が湧く。
「なぁに、その生暖かい笑いは。歳下のくせに、なんか生意気」
「いえ、立派になっても、ユーリヤはユーリヤだなって。……いい意味で、ですよ?」
「きみが変わっただけだよ。ちょっと前では私のあとを追っかけてばかりいたのに、突然東京の高校に行くとか言い出して。しかも私に一言の相談もなく。一言もっ」
「いや、それは……」
 涼太郎が言い淀んだのは、この村を出ようと考えた最大の理由が目の前の女性、ユーリヤにあるからだ。
(好きな人に少しでも釣り合えるようになりたかったからなんて、本人に言えるわけないでしょ。なにしろあなたは一族のお姫様なんだから)
 雪守村はこのホテル及び関連事業で支えられてると言っても過言ではない。そして、ホテルの経営には雪女の一族が大きく関わっている。つまり、そんな雪女たちのトップであるユーリヤは、間違いなく雪守村の最重要人物なのだ。
「こら涼太郎、だんまり決め込むつもり?」
「そ、そういうわけじゃ……」
 ユーリヤがじっとこちらを睨んでいた。どうやら、涼太郎が考えてた以上に勝手に東京行きを決めた三年前の件に腹を立ててるらしい。
「まあ、今日のところはここで勘弁してやろう。これから少なくとも四年間はこっちに住むんでしょ?」
「はい」
 ストレートで合格する、という約束で東京での一人暮らしをさせてもらったので、浪人するつもりは最初からなかった。やれるだけのことはやった結果なので、達成感もある。無論、悔しさのほうが遥かに上回ってはいるのだが。
「そっか」
 そんな涼太郎の悔しさをよそに、ユーリヤはどこか嬉しそうだ。今日見た中では、一番の笑顔だった。受験失敗でささくれ立っていた涼太郎の心が少しだけ和らいだそのとき、早穂が戻ってきた。

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