【2019年3月4日】

肥前先生新作タイトル投票 出だしを読んでぜひご参加を

4月頃刊予定 肥前文俊/イラストぴず『追放エルフはそれでも幸せになりたい(仮)』について緊急投票をお願いします

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1.著者の肥前文俊先生案 落札したエルフが不幸そうだったので全力で愛したい 
2.イラストのぴず先生案 追放エルフですがこんなに巨乳でも愛してくれますか? 
3.編集部案 追放エルフですが巨乳なので金貨100万で落札されました

■追放エルフはそれでも幸せになりたい(仮)


■プロローグ
 カチャリ、と奴隷の証である首輪がはめられた。
 硬く冷たい革の感触を感じながら、ミヤは己の体を眺めた。
 顔を下げれば、エルフとしてはあまりにも豊かすぎる巨乳がそびえていた。エルフに相応しくない。清貧をよしとするエルフの美意識では、脂肪とは無駄であり、醜いものだった。
 エルフの一族がタイプとするのは、肋骨がわずかに浮き出るような、そんな脂肪という脂肪を削ぎ落としたようなスレンダーな女性だ。ミヤとは正反対のタイプだった。
 おまけにこれほど胸が大きければ、エルフに必須技能である弓を引くことができない。弦が胸に当たり、大怪我をする恐れもあるからだ。
 たとえどれほど顔立ちが整っていても関係ない。弓の引けないエルフなど、エルフにあるまじき。侮蔑される存在だった。弓を引くということは、彼らにとっての存在証明なのだ。
「おい、ミヤ。お前は魔法は何が使える」
「火魔法が得意です。他の魔法は使えません」
「珍しいな……。エルフは火の精霊には好かれないと聞いたが。他も使えないのか」
「火精霊に好かれすぎて、他の精霊が嫌がっているみたいです。だから私が売られました」
 奴隷商の質問に答えながら、ミヤは自分を恥じていた。火魔法に優れることは、森に住むエルフにとっては禁忌であった。
 わずかな火は生活を便利にしてくれる。だが、過ぎたる火は森を燃やし、環境を一変してしまう恐れがある。
 弓が引けない、禁忌である火の精霊に好かれ多大な加護を得ている。どちらもエルフにとっては許されないことだ。だから彼女は奴隷として売られた。同胞を過度に大切にするエルフにとって非常に珍しいことだった。
 それでも命を奪われないだけ、まだ有情ではあったのだろう。
 双子に生まれたから。凶日に生まれたから。迷信のような験担ぎが理由で殺されてしまう命もある。
 何よりも悲しいのは、ミヤ自身が売られることに納得してしまっていたことだ。奴隷に身を落としてなお、これが己に相応しい末路だと思っていた。
 かつて、まだ幼く胸が膨らむ前の頃、魔法も未熟だったミヤ。そのときの彼女こそが、誰よりもそんなエルフを見下し、軽蔑していたのだ。己がまさにそんなエルフになってしまったとき、ミヤは己の醜さを認めるしかなかった。私は醜く、なんの取り柄もない女なのだ、と。
「エルフの面汚しめ」
「そんな醜い体でよく生きながらえているな。私なら恥ずかしくてすぐさま自決している」
「せいぜい人族に飼われることだ。それがお前にはお似合いだ」
 遠くから同胞の心無い声がいくつも投げかけられた。心底侮蔑した声だった。
 そんな言葉に傷つきながら、ミヤは言い返すこともできない。
 ただただ端整な美貌を悲しげに歪めた。一幅の絵画のような光景だったが、それをエルフの一族が美しいと思うことはなかった。
 ミヤは奴隷商に売買を行った両親を見た。二人の目にはかけらの優しさもなかった。
 だが、それでも今まで育ててもらった恩がある。体面を気にしたのかもしれないが、憎むほどのひどい扱いも受けなかった。幼い頃にはたっぷりの慈愛を注がれたこともあった。
「お父様、お母様、これまでお世話になりました」
「お前のような娘を買ってくれる奇特な方だ。精いっぱい真心を込めてお仕えするんだぞ」
「絶対に思い上がってはなりませんよ。たとえ優しい主人だとしても甘えてはいけません。厳しい主人だとしても、反発してはいけません。あなたにはそんな権利はないのですから」
 深々と頭を下げるミヤに、両親の言葉は厳しかった。どこまでもお前には価値などないと裏に込められた言葉の意味を噛みしめて、ミヤは馬車に乗る。
 奴隷を扱う馬車のためか、座り心地はとても悪かった。
 逃げ出さないように格子に錠がかけられ、ガチャリと硬質な音が響き渡った。
 もはや帰ってくることはないだろう。
 ミヤは最後に森を見た。美しい森だった。深々とした緑に、隙間から陽の光が筋となっていくつも降り注いでいた。
 馬が嘶き、馬車がガタガタと動き始める。いつまでも森に視線を向けながら、ミヤはぼんやりと考えていた。
 これから、私はどうなるのだろうか。
■一章 美しいエルフ奴隷
 ケーヒルズの街では毎月のように奴隷市が開かれる。
 奴隷売買の現場がどのような場所か、知っているだろうか。
 比較的安価な奴隷は広場で行われる。首から板を下げた男女が立ち並び、まるでバザーで小物を買うように、奴隷が売り買いされていく。広場は盛況で、活気がある。値の吊り上がるような交渉は行われない。値引き交渉はあるけれど。
 奴隷を買う基準はいくつかあって、主に板に書かれている。
 年齢、健康状態がいいか、過去に病気をしたことがないか、そして出身地はどこか。
 これらが特に重要視される。
 言葉は通じている必要があるが、できるだけ遠方の奴隷は素直に言うことを聞くと言われていた。
 都市部の奴隷は物事に明るいがやや忍耐力に欠け、力仕事には向いていない。
 地方や辺境の奴隷は細かな仕事に向いていないが、肉体労働や単純作業には向いているとされる。
 その点、地元の奴隷は扱いにくい。
 何らかの理由で奴隷落ちしたとはいえ、その人間には過去がある。見知った顔を見れば自分の境遇が悔しくもなるし、プライドが邪魔をして命令に従いにくくなる。それは奴隷にも、主にも不幸なことだ。
 命令に従わない奴隷など扱いにくいだけだし、そのようなことが続くと、主人も奴隷を罰するようになるから。
 これが広場で行われる奴隷売買の光景だった。全体の売買のおよそ八割は、広場の奴隷たちだ。
 そして、高額に取引される奴隷たちは、広場ではなく室内で競りが行われる。
 わざわざ別の会場を用意しているわけだ。
 特殊な経歴、優れた技能、美しい顔貌など、競りに出される商品価値は様々だが、その金額は数多の金貨によって取引された。
 舞台の上に奴隷が歩き、立ち、商品を示す。壇上の奴隷たちを金持ちが品定めし、競売が始まる。奴隷も競りの参加者も、老若男女様々だった。
 舞台裏で一人のエルフ、ミヤが、表舞台の光景をじっと見つめていた。
 昏い瞳だった。
 見ているというよりも、目に映る光景をただ眺めているだけかもしれない。
 私もこれから売られるのか。
 ミヤは思った。自分には高値はつくまい、と自嘲する。
 エルフの村でも比類なき落ちこぼれとして扱われ、その末に追放処分が下った。奴隷商に売られたのだ。
 わざわざこんな場所まで連れてきた奴隷商は見る目がない、と思いながら、ミヤが舞台表に歩きだした。
 いつのまにか、競りの順番がミヤになっていた。
 競りを円滑に行う職員に指示されたとおりに歩き、壇上で立つ。
 彼女が舞台表に出た途端、どよめきが走った。
 エルフの長い耳は伊達ではない。
 どよめきの中に呟かれる言葉を正確に聞き分けていた。
「エルフ……なのか? だがエルフと言えば痩せているものだが、あの肉付きはなんだ……」
「長い耳はたしかにエルフらしい。だが豊満な胸、尻はエルフでは見られない特徴だ。本当にトゥルーエルフか? ハーフやクォーターでは?」
 突き刺さる好奇の視線。
 ミヤは圧力すら感じられる視線の矢にさらされて、思わず体をかき抱いた。衣服の下をすり抜けるような目ばかりだ。
 わずかばかりのデリカシーなど、必要ないのだろう。相手が対等な立場の人間でないなら、それも当たり前なのかもしれない。
 司会役が高らかに謳う。
「さあ皆様、次の商品はこちら、エルフのミヤでございます! ご覧のとおりエルフとは思えない恵体です。ふくよかな胸、くびれた腰、突き出た尻。ここより西方の里から直接購入して参りました」
 会場の熱気が高まっていく。
 なにをこんなに興奮しているんだろうかと思った。翡翠色の目を不安げに左右に揺らしながら、参加した客を眺める。誰のメモ強い好奇心と、浮かされたような熱気が感じ取れた。
 おそらくは物珍しさ、コレクション目的なのだろうか。
 ミヤは、まさか己が人間にとっては極めて美しい女だとは思っていない。
 自分の体の欠点ばかりに目を取られ、それが魅力的にも捉えられるとは、想像したこともなかった。
 突き出た丸い胸、思わず掴みたくなるほどのプリッとした大きなお尻。それらに集まる熱い視線の意味を完全に捉え損ねていた。
「珍しいのは外見ばかりではありません。彼女は火の精霊にこよなく愛され、その加護の強さは比較できないほどであります。あくまでも基準ではありますが、火精霊の加護の強さは最大の五つ星と推定されています!」
 司会者の声にますます珍しいと、珍獣を観る目つきを投げかけられる。見世物になった自分を恥ずかしく思いながら、ミヤは立ち尽くした。笑顔を浮かべることなどできない。
 できればそんなに持ち上げてくれるなとさえ思った。高く買われて期待されればされるほど、その後の失望は大きくなるだろう。
 精霊の加護があるなどと言えば聞こえはいい。だが実際なその加護を持て余し、制御することができないでいる。小さな焚き火を熾そうとして、ボヤ騒ぎになった苦い思い出が今もまざまざと思い返すことができた。
「それでは競売の開始価格は金貨一〇万枚からスタートです!」
「一五」「二〇」「二五」「二八」
 この辺りでは、とびきり腕のいい石工職人が一年働いて得られる給金が金貨一万枚と言われている。街でも有数の高給取りで、その金額である。
 すぐさま始まる競売のかけ声。威勢よく手が上がり、数字が駆け上がっていく。
 どこぞの貴族が、商家の大旦那が、我こそはと声を上げる。
 エルフを飼うのは主人のステータスだ。多少の出費は惜しくない。
「五〇!」
 ひときわ大きな声、上昇幅の大きな金額に、一瞬会場が静まる。
 ミヤは視線が引きつけられた。若い男だった。
 会場に相応しい服装をしているが、鍛えられた体格は場違いなまでに研ぎ澄まされている。
 背が高く、黒々とした髪をしている。日によく焼けて冒険者か傭兵か、もしかしたら騎士かもしれない。
 金持ちばかりが押しかける会場にも臆した様子のない、威風堂々たる姿だった。
 ほんのわずかな時間の停滞があった。
 すぐさま思い出したように、再び競りが再開される。挙がる声はやはり同じぐらいの金額幅だった。すなわち最初の頃の少しずつの増額だ。
「五五」「六〇」「六三」
「八〇万!」
 再び会場が静まり返った。
 参加している者たちが、声の主を探し求める。
 堂々とした態度で手を挙げていた。先ほどの冒険者、アレスだ。
 視線が集まっても臆することなく、司会が競りを終了するのを待っている。
 あまりにも大きな金額の上昇幅に、誰もが気後れを覚えていた。
 絶対に購入するぞ、という強い意志が感じられる。
 買い手がわかっていて吊り上げるのは競売に参加するものの品位が問われる。周囲の状況を見て、司会の男が焦っていた。
「八十万枚行きました! 他にありませんか? 他ありませんか!」
「は、八五」
「一〇〇!」
 こわごわと競りに参加した男が、アレスに睨まれた。鋭い視線は雄弁に物語っている。
 これ以上値を吊り上げようとするな。
 男が顔を伏せて小さくなった。この競りの主催者は、売値からパーセンテージで手数料をとっている。そのため競りのサクラが用意されていた。これ以上露骨な値上げは命に関わる。
 司会者が再び参加を呼びかけるが、もはや誰も声を上げようとしない。落札の木槌がカンカンと高らかに鳴らされ、競りが終わった。
 その一連の様子をミヤはぼんやりと眺めていた。
 金貨百万枚。
 もしかしたら、あぶく銭でも手に入れたのか。よっぽどお金の余った腕のある冒険者なのか。こんなに大金を使うなんて、馬鹿だろうかとすら思っていた。
 自分にはどう考えても、それほどの価値があるようには思えなかった。
 なにせ、自分は醜すぎると里を追い出された落ちこぼれなのだから。
 これからどうやって購入額に見合った働きができるだろうか。想像すると少し怖くなってしまう。


 購入後、初めての顔合わせがあった。
 間近で見るアレスの顔は爽やかで、大きな体格の威圧感が優しくくるまれていた。
 身長はミヤよりも頭一つほど背が高い。黒髪はやや短く、灰色の瞳は優しげではあるが、意志の強さを感じさせる輝きがある。立ち姿には隙がなく、里でも有数の優秀な狩人が持つ雰囲気によく似ていた。
 思っていたよりも一流の風格を持った人らしかった。
 これがこれから仕えることになるご主人様……。
 失望されはしないだろうか。ここで捨てられれば、ミヤは生きていける場所がない。奴隷となった身ではあるが、誰か一人に仕えるならばともかく、娼館に身を置いて体を売る生活は避けたい。
 失礼のないようにしなくては、と注意しながら、深々と頭を下げた。
「お買い上げいただき、誠にありがとうございました」
「なに、君が欲しかったからな。あらためて名前を教えてほしい」
「ミヤです。家名は奴隷になったときに捨てました。ただのミヤと覚えていただければ幸いです。ご主人様はなんとお呼びすればいいでしょうか?」
「素敵な名前だな。俺はアレスだ。冒険者をしている」
 かつてはとても気に入っていた自分の名前を褒められて、少し嬉しく感じる。優しい人なのかもしれない。だが、まだ油断はできない。初対面ぐらいは誰だって取り繕う。
 ミヤは注意深くアレスを観察する。面白そうなものを見た、というようなキラキラと輝く瞳。
 いい大人のはずだが、どことなく少年の名残を残したような目だ。エルフが珍しいのだろう。
「ではアレス様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。よろしくな、ミヤ」
「よろしくお願いいたします。何もできない非才の身ですが、精いっぱいお仕えさせていただきます」
「そんなに緊張しなくていいさ。極端に失礼な態度を取らなければ、こちらも悪いようにしない。俺は別に厳しい主人を目指してるわけじゃないんだ」
こちらを落ち着かせよう、落ち着かせようという態度が取り続けられることで、ミヤの強い不安は少しずつ取り去られていく。
 もしかしたら、いい主人に巡り会えたのかもしれない。
 ミヤに対して好意的な――自分を見下さず、ありのままの一人として評価してくれる存在なのかもしれない。
 これならば、外見が醜いからと嫌われることなく、仕事をこなすことで認めてもらえるかもしれない。そんな希望があれば、ミヤの目に映るアレスの姿は、とても安心できる存在に変わっていく。
 ほっと肩の力を抜いて、ようやくミヤも自然な笑顔を浮かべることができた。
 だが、そんな評価もアレスの次の一言で吹っ飛んでしまった。
「間近で見ると素晴らしい美しさだな」
「なっ、うううう、美しいですって……?」
「ああ。表現が陳腐すぎたか……あまり詩的な表現は得意じゃないんだ。とても可憐だと思う」
「あわ、あわわわわ……」
 美しい、可憐、美しい……。
 幼い頃ならばともかく、思春期を迎えて以来まったく受けたことのない高い評価を受けて、かあっとミヤの顔が真っ赤になる。
 心臓がバクバクいって、頭の中が真っ白になった。沸騰するのではないかと思うぐらい体が熱くなって、言葉が口に出ない。全身から嫌な汗が滲み出た。
 はっ、と気づいた。もしかして騙されているのでは。そうだ。そんなわけがない。
「だ、騙されませんよ! そんな煽てても、何も出ないんですからね!」
 キッと睨みつけるミヤの表情は、顔こそ真っ赤だが、もともとの美貌も相まってとても気迫に満ちている。気の弱い男ならばそれだけで萎縮しそうなものだが、荒事を仕事にしている冒険者のアレスにはまったく効果がない。
 むしろミヤの突然の態度の変化に困惑していた。
「騙すも何も、本心なんだけどな。怒った顔もとても可愛い」
「か、かわっ! かわわっ!」
「……かわわ?」
 可愛いなどと!
 感情の振れ幅が大きすぎて、ミヤの舌がまったく思うように動いてくれない。
 もうヤメてほしい。嬉しいというよりも恥ずかしすぎて、どうあっても平常心を保てそうにない。過呼吸を起こしそうなほどに深呼吸を繰り返し、怪訝な顔をしているアレスに向かって、声も絶え絶えに言い放った。
「褒めるのは、止めてください」
「わ、わかった」
 ただの素直な感想なんだけどなあ、と呟かれて、またもやミヤの心臓が暴れ回る。
 だが、独り言だったようで、アレスはそれ以上何も言ってはこなかった。
 ミヤは恨みがましい目になって、アレスを睨みつけた。
 女に対して甘い言葉を囁く天然ジゴロだろうか。
「ご主人様は誰に対してもそのようなことを言っているんですか?」
「どんなことだい?」
「その、可愛いとか、綺麗だとか……」
「まさか。先ほども言ったけど、思ったことを素直に口にしただけだよ」
 とんでもない、と否定するアレス。それはまったくの本心だった。
 この子は自己評価がどうなっているのだろうか、と不思議に思うほどである。
 ミヤは美しい。
 少なくともアレスの見てきた女性の中では飛び抜けて綺麗な美貌、スタイルをしている。
 エルフというのは枯れ枝のような体型だと聞いていたし、アレスの過去遠目から見たエルフもそうであった。だが、ミヤにはそれは当てはまらない。
 手足などはしなやかだが、ついていてほしい場所にはたっぷりと、豊かな魅力が詰まっていた。今も前かがみになったせいで、胸の谷間が覗けてしまっている。高き頂と、崖かと思うような深い渓谷。思わず手を伸ばしたくなる圧倒的な魅力に満ちていた。
 だが、ミヤにはそう受け取れなかったようだ。顔を曇らせると、俯いてしまった。
 握りしめられた手は真っ白になって、暴れ回る胸中を無理やり抑えつけているように見えた。
 褒められて喜ぶどころか、悲しんでいる。
 一体何がこれほどの拒否感をもたらすのだろうか。
 アレスが自身の経験と照らし合わせて考えてみても、答えは出ない。
 まさかあまりにも自己評価が低くなりすぎて、褒められることになれていないとは思いもしなかった。それほどまでに、人族とエルフ族との美的感覚は大きく乖離してしまっていた証拠だろう。


 競売時に着せられていた薄い服は着替えさせられ、今は外出してもおかしくない服装になっている。
 奴隷としては相応しい、装飾の少ないやや野暮ったいワンピース。
 ではあったが、それでもミヤという美女が着ればそれらしく見えてしまう。
 競売市から自宅へと乗合馬車で移動し辿り着いたときには、早くも夕暮れ時になっていた。
「ここが俺の家だ。これでもケーヒルズでは結構いい場所なんだぞ」
「そうなのですね。……ご主人様は立派な方ということですか。私にも大金を払ってくださいましたし、そんな方に貰われて幸せです」
「なかなかこんな場所で買うのは大変でなあ。家主と交渉したり、冒険者ギルドに仲介をお願いしたりして、ようやく手に入れたんだ……」
 ケーヒルズの街の中流階級の住む区域の一軒家。庭付きの二階建ては、冒険者が住むには過剰なまでの豪華さだ。
 それだけでもアレスの実力が垣間見える、自慢の家屋だった。
 だが、人の社会に詳しくないミヤには、そのすごさは実感できないだろう。
 先ほどまでの狼狽は鳴りを潜め、今は落ち着いた態度で家を観察している。
 ただ外見を褒められただけであれほど慌てるのは尋常ではない反応だ。
 過去に一体どんな経験をしてきたのだろうか。不思議には思いながらも、この浅い付き合いでいきなり入り込むべきではないことぐらい、アレスにもわかる。
 まずはお互いの距離を縮め、信頼関係を構築することが優先するべきだった。
 ミヤの込み入った事情を知るにはそれからでも遅くない。
「まあ狭くて何もないところだが、歓迎しよう」
「よろしくお願いいたします。……入室と共に明かりがつくのですか、すごいですね」
 アレスとミヤの入室に伴って、暗かった室内が明かりに照らされた。
 冒険者が遺跡から見つけだす魔道具の中には、明かりが比較的多く発見される。
 中上流の市民であれば、およそ誰もが持っている設備だ。
 それを知らないというところに、ミヤとの文化の違いが垣間見られた。
「今日は食事は中食で済ませようか。さすがに来たばかりでキッチンを任せるのも難しいだろうしな。ミヤは料理の方はどうだ?」
「家では私が調理を担当していましたので、比較的得意だと思います。ただ、エルフと人の違いもあって、お口に合うかどうかは保証できません。たぶんダメだと思います。いえ、自信やっぱりありません……」
 どんどんとトーンが落ちていくミヤの姿を見ていると、その言葉を閉ざしたくなる。
 謙虚というよりも卑屈。あまりにも卑下した態度は相手の感情を逆立ててしまう。
 だが、本人にしてみたら必死なのだろう。
 一体どんな体験をしてきたのか。想像すると胸が痛くなった。
「まあそう言うな。台所の使い方を教えるから、お試しで気軽に作ってくれ」
「わ、わかりました」
 あまりの反応に、ゲテモノ料理が出てこないかと、少し心配になったアレスだった。

 出来上がった料理は、自信のない口ぶりよりもよっぽど上手にできていた。
 温かなスープには買ったままになっていた人参や玉ねぎ、いもなどが入っている。しっかりと何度も漉したのだろうか。透き通るような透明のスープからはぷんといい香りが漂っている。
 バターで炒められた牛肉にはワインを使った即製ソースがかかっていて、噛みしめるたびにじゅわっと肉汁がこぼれ落ちてくる。適度な塩とソースの甘味、肉の旨味が渾然一体となって、思わず口がほころんだ。
「美味いじゃないか……」
「ほ、本当ですか!? お口に合いましたら幸いです」
 謙虚というよりは一切自信がないという態度だったが、アレスはとても満足していた。
 まだ使い方も万全には把握していない調理器具、有り合わせで作った料理でこれならば、今後厨房を任せるのに不安はない。
「もうちょっと自信を持ってもいいぞ」
「そんなこと、私には無理です……」
「どうして。とても美味しい料理だって。十分評価できる」
「でも、私はブサイクです」
 きっぱりと、痛ましそうに言いきったミヤの言葉に、アレスは開いた口が塞がらない。
 そのことにミヤは肯定と受け取ったのだろうか、ますます顔をくしゃくしゃにすると、震えるような小声で言葉を続ける。
「それに私は弓も魔法も使えません……エルフの面汚しです」
「そう、なのか。だがとても美味しい料理だと思うぞ。見た目も俺はさっき言ったように可愛いと思ってる。気にしすぎじゃないか?」
「でもでも、私はエルフに相応しくないんです。ご主人様に大金を積んで買っていただいたのに、私はこんなにも不出来で……お願いします。なんでもします。精いっぱい頑張ります。捨てないでください! お願いします!」
 必死に頭を下げるミヤの態度は少し脅迫観念的だ。
 本気で自分が不出来だと信じすぎている。見ていて痛ましかった。
「…………」
「お願いします! お願いします!」
「頭を下げるのをやめるんだ」
「でも……」
「これは命令だ。顔を上げろ」
 ビクリ、と震えて、ようやくミヤの言葉が止まった。
 叱られるのではないかと必要以上に恐れた目でアレスを見上げてくる。
 小動物のような態度は、心境次第ではとても可愛らしく映るだろう。
 見ていられない。こんな女は、すぐにでも自分が変えてやらねばならない。ひどく傷ついた女がいたら、なんとしても慰めてやる。それがアレスの思ういい男の条件だ。
「まったく。そんなひどい顔をして、自分を卑下してどうする」
 いいか、お前に言っておくことがある。
 アレスはそう言って、ミヤにビシリと指を突きつけた。これからの発言が、少しでもミヤの心に突き刺さってくれるよう願いながら。
「エルフの価値観など、俺は知らん。知ったことか」
「な――」
 絶句するミヤに言葉を継がせない。否定させない。
 今はアレスが一方的に宣言するべき時間だ。
「いいか、お前がこれから第一に考えないといけないのは、主人である俺の価値、判断基準だ。エルフとしての考え方は価値観など捨ててしまえ。そんなものは俺に仕えるのには無駄だ。邪魔でしかない」
 そうしてミヤの考えを徹底的に破壊し尽くして、新たな価値観を押しつける。
 本当に不幸せそうな奴隷に対して、いい考えを押しつけ、洗脳をすることは悪だろうか。
 アレスはそう思わない。
「どうした。無駄だと言われて腹立たしいのか? 自分をそんなに卑下するような考え方なのに?」
「あ、いえ。そんな……」
「腹立たしいと感じるということは、大切だと思っているということだな。安心したよ。これでもまったく何も感じないようだったら、逆にどうしようかと悩むところだ」
 これでまだ望みはある。奴隷として大金をはたいたのだ。自分で自分の価値を下げるような言動は今後変えていってもらわなくてはならない。
 とても長い付き合いになるのだから。
「ミヤ。これから君は俺を主人として、共に長い人生を生きることになる。だからこそ、俺の考え方をしっかりと把握しないといけない。それは理解できるな?」
「はい。わかります」
「今すぐ受け入れられなくても構わない。でも俺は本気で言ってるぞ。ミヤのことを綺麗だと思ったことも、可愛いと思ったことも本気だ。本心から言ってる。自分の感性から認めるのが難しいとしても、俺がそう思ってることは否定できないし、してはいけない」
「…………わかり、ました……」
 まったく納得はできていないけれど、言っていること自体は理解できた、という反応だった。
 これまでよほど強固に固定観念が形成されてしまっているらしい。一種の刷り込み、洗脳のような状態だ。
 これは前途多難だな。
 思いながらもアレスは慌てない。
 これから時間はあるのだ。少しずつ強固に纏った心の鎧を削り取っていこうと思った。
 そうすれば、その下からいつか、ミヤの心が見えてくるだろう。
 その日を待つのも、それはそれで楽しみだ。
「俺の発言が信じられないか?」
「ご主人様の言葉を疑っているわけではありません。ただ……そう、ただこれまでの私の人生との大きな違いに、まだ受け入れられていないだけです」
「それは仕方がないさ。これから、お互いの心のすり合わせていけばいいさ」
 そう言って、アレスは食事を続けた。
 黙って食べる姿を見ているミヤの態度は、何かを真剣に考えているようだった。

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