【2019年3月19日】

『異類婚姻譚』出だし公開

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プロローグ
 水に濡れた御影石がツヤツヤと輝いている。
 線香の煙がすぅーっと空に伸びている様子を、誠はじっと見つめていた。
 都会で官能小説家として忙しい日々を送っていた誠にとって実家の父親の訃報は、まさに青天の霹靂だった。
 慌てて実家に戻り、様々な手続きを終え、ようやく人心地ついたのだ。
(お墓が綺麗に掃除されてる……)
 忙しさにかまけて墓参りなど御盆の時に行くか、行かないかだった。本来ならば荒れ果てていてもおかしくないはずなのに。
(一体誰が……?)
「――誠さん、ですか」
「え?」
 はっとして振り返ると、そこには女性がいた。紺色の着物姿で、頭身が高く、すらりとしている。垢抜けた顔立ちで、こんな田舎よりも都会が似合いそうだ。
 腰まで届く髪は曇りのない金色。
 着物ごしに、優婉なラインが透けて見えるかのようだった。
 全体的にふくよかということではなく、女性として出るべきところがしっかり出ていて、他はほっそりとしていた。
 アーモンド大の瞳は髪と同じ金色――そんな二十代くらいの女性に見とれ、それから頭の上でかすかに揺れているものに気づく。
(み、耳……?)
 ただの耳ではない。黄金色に輝く体毛に覆われ、ピンッと立った三角の耳。
 都会の人間なら犬と間違えるかもしれないが、誠には違いがわかる。
 その耳はまるで狐だ。
「……狐」
 思わず言葉にすると、女性はふわりと柔らかく微笑む。
「左様でございます」
「……あなたは?」
 童女のような無邪気な笑顔に、耳のことなど頭からすぐに吹き飛んでしまう。
「志津と申します。仰る通り、狐でございますわ。……去年からお父様のところにご厄介になっておりました。実はお父様から誠さんがこちらへ戻ってきた際に是非、嫁にいってもらいたいと仰っていただけまして」
「そ、そうだったんですか。でも、ウチの親は狐のこと嫌ってたのに。農作物を荒らすなんてー!って」
「人間がそうであるように狐の性格も様々です。運がよいことにお父様に気に入ってもらえました」
「あの頑固オヤジが……」
「ですから、誠さんとお会いできる日をずっと心待ちにしておりました。不束者ではございますが、これからよろしくお願いいたします」
 志津が上目遣いに見つめてくる。
「え、いきなりっ!?」
「誠さんは、お付き合いをされている方がいらっしゃるんでしょうか?」
「いませんけど……」
「でしたらっ」
 志津は近づいてくると、誠の胸にしなだれかかる。着物ごしに柔らかな感触が伝わった。
「か、からかってるんですか」
「いいえ。真面目です。本気なんですよ」
(……僕は化かされ中?)
 そんなことを考えていると、
「化かしたりはしてませんよ?」
 そう、心を読んだかのように言ってくる。
「なっ!?」
「ふふ。誠さんったらわかりやすいんですもの。お見通しです」
 志津はニコッとした。
「でもね、結婚っていうのは弾みでするようなものではないと思うんですよ。うちの親が言っていたとかじゃなくって、結婚は二人の問題ですし……」
「……もらってはいただけないのでしょうか」
 志津の眼差しはうるうると濡れていた。
 彼女の見せる、淡紅色の唇のみずみずしさに生唾を飲まずにはいられない。
 頭で何かを考えるよりも真っ先に口が動いていた。
「ぼ、僕なんかでよろしければ……あの、よろしくお願いします」
「うれしいっ!」
 今にも泣き出しそうだった志津が破顔する。まるでひまわりのように輝いた笑顔を前に誠も無性に嬉しくなってしまう。
 志津は誠の首に腕を回すと、さらに密着してきた。
「おっと……」
 誠は慌てて志津を抱き留めた。
「これからよろしくお願いいたしますねっ! 誠心誠意、妻としての務めを果たす所存でございますっ!」
「う、うん……んんっ」
 柔らかな感触に、口を塞がれる。
 どれだけ彼女の柔らかな唇に我を忘れていただろう。
「……び、びっくりした。随分と積極的なんだね……っ」
 志津は微笑んだ。
 志津から受けた口づけは優しく、甘かった。
 
 これが誠と志津の出会いだった――。

第一章
(あれから、もうひと月……。めまぐるしかったなぁ)
 誠は自分の仕事部屋の畳にごろんと仰向けに寝そべりながら、しみじみと考えた。
 秋。よく晴れた気持ちのよい午後だった。
 志津との結婚が決まってから、誠は都会の家を引き払い実家に戻った。
 将来を見すえて、子どもを育てるのなら都会より田舎がいいと思ったのだ。
 必要なものがあれば車で街まで行けばいい。
 それに何より実家には子どもが駆け回れる庭もある。
 都会の狭苦しいマンションよりは、ずっと子育てに相応しいだろう。
 タッタッタッと小気味のいい音が縁側でした。
 障子を開けると明るい紫色の着物をたすき掛けにし、手ぬぐいで頬かぶりをした志津がぞうきん掛けをしていた。
 その俊敏な動きを目で追いかけてしまう。
 頬かぶりで耳は隠れているが、お尻からにゅっと生えた尻尾がユラユラとゆったり揺れていた。
(尻尾もそうだけど……)
 裾から覗いた生足が色っぽく、何より志津の桃尻の綺麗な形がくっきりと浮き彫りになっている。肌襦袢は身につけているが、ブラやショーツは身につけていない。
 仕事の方でも志津の着物姿に触発されて、着物美人のヒロインにあれやこれや致すという小説を書いていた。
 と、彼女が行き止まりでくるりと位置を変えて戻ってくる。
 そこで初めて誠に気づいたらしかった。
 蕩けるような優しい笑顔を見せ、それから申し訳なさそうな顔をする。
「……誠さん、お仕事の邪魔をしちゃいましたか……?」
 額にはかすかに汗が滲み、金色の髪が一筋垂れていた。
 それが妙に艶っぽい。
 そもそも家の中に着物美人がいることが、ちょっとしたカルチャーショックなのだ。何より志津という嫋やかな女性が着物姿でいれば、なおさらである。まさに大和撫子の風情。
「いいんだ。ちょうどキリがいいところまで書けたから、ちょっと休憩。――掃除、手伝おっか?」
「いいえ。これくらい一人で十分です。でも、ありがとうございます」
「でも、これだけ広い家を志津にだけ任せるのはさすがに申し訳ないよ」
「大丈夫ですってば。私は誠さんの妻なんですからね。やって当然なんです。それに誠さんにはお仕事があるじゃないですか。私のことまでやったら私のお仕事がなくなっちゃいますもの」
 庭に置かれた物干し台には二人分の洗濯物、シーツが干され、風にそよぐ。
 これを見るだけでも、誠は改めて自分が目の前の可憐な狐娘さんと結婚したのだと実感できた。
 そもそも一人暮らしの時には平気で洗濯物を溜め込んだ。気が向いて洗濯機を回しても、うっかり仕事に没頭して日が暮れてから、しわくちゃな洗濯物を慌てて干す――そんなことは日常茶飯事だった。
「でも掃除機くらいは使ったら? 部屋を一部屋一部屋、ホウキでやるのは大変じゃない?」
「それも心配ご無用です。掃除機をかけてしまうと畳が痛んでしまうんです。それに、毎日掃除はやっていますから毎回、入念にやる必要はありませんからね。軽くホウキでホコリを払って、ぞうきんで拭く。ね、簡単でしょう?」
「そうなんだ」
 志津はとても働き者な女性だ。
 それこそ一日中、何かしら家のことをしているのだ。夜は夜で裁縫をやったり。
 テキパキした動きは、見ていて気持ちいい。
「あ、そうですっ!」
 不意に志津は手をパチンと叩いた。
「どうかした?」
「もしお手伝いして下さるなら菜園の収穫を手伝ってくれますか?」
「おやすいご用だよ」
 志津はクスッと微笑んだ。
「ありがとうございます。それじゃあ、またあとで」
「ああ。わかった」
 志津は再び、ぞうきん掛けを再開した。
 その後ろ姿に呼びかける。
「ねえ!」
「はい?」
「尻尾、可愛いね。ユラユラ揺れてて……」
「あ、もう。いやだっ」
 志津は恥ずかしそうに尻尾を押さえる。頬が桜色に染まっていた。
「もう。誠さんったら。まだまだ日は高いんですよ。お尻をジロジロ見るだなんて……いけません」
「いや、まあ……あははは」
 誠は笑って誤魔化そうとするが、志津はそれほど怒っていないようだ。
「尻尾は勝手に揺れちゃうんです。……でも可愛いって言っていただけて嬉しかったです」
「毛並みもいいし」
 志津は尻尾を撫でる。
「こっちの身だしなみも大切ですから。むしろ、こっちの方が気を使っちゃうかも。一番、身近なものですから」
「そっか。じゃあ掃除続けて。終わったら教えて」
「わかりました」
 誠は部屋に引っ込んだ。

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