格付けされる世界で生きていく

第五部 転んで、塞いで、泣いて、笑って

著者: 樹の棒

電子版配信日:2024/04/26

電子版定価:880円(税込)

ここは男女比率1:1万の新世界──聖夜祭の悲劇の後、
ユウタの別邸に身を潜め、メイドとして生活するユキシロ。
未来が閉ざされた彼女だったが、クラス旅行でユウタと
心と身体をひとつに繋がり合わせて、再び生きる悦びが……
一方、配信者として多忙なユウタを襲う久しぶりの激しい頭痛。
戻された「もうひとつの記憶」が波乱を……覚醒と混沌の第五部!

目次

第五部 転んで、塞いで、泣いて、笑って



1 上級学院二年生

2 メイドの生活 ユキシロ

3 サキュバス ユキシロ

4 男性特区 ユキシロ

5 上級学院二年生一学期の終わり

閑話① 潜むものは進化する

6 クラス旅行①

7 クラス旅行②

8 クラス旅行③ ユウタ

9 クラス旅行④ ユキシロ

10 クラス旅行⑤

11 クラス旅行⑥

12 クラス旅行⑦ ???

13 クラス旅行⑧

14 クラス旅行⑨

15 クラス旅行⑩

閑話② レイラとキョウバの夏休み

16 リリスの研究室

17 木野侑太①

18 木野侑太②

19 ヨシワラ大名家

20 ユウタ

21 木野侑太③

22 ユウタとマリ

23 メイド達のお世話

24 配信 ユウタ

25 夏休みの終わりに

閑話③ 小さな世界マクハリ

26 引き籠るキョウバ

27 感染

28 レイラとシグロ

29 トミコとルリカ

30 文化祭と聖夜祭に向けて

閑話④ サオリ

閑話⑤ リリスと木野侑太

本編の一部を立読み


1 上級学院二年生


 新年度の四月となり、ユウタ達は上級学院二年生になった。一年生の終わりの男性等級審査によって、ユウタの男性等級は一気に六等級に上がっている。五等級にまで上がるのではないかと噂されていたが、結果は六等級であった。上級学院一年生の終わりに六等級となるのも異例で、過去に例のない昇級である。
 婚約者で直属のアオイとの仲は良好で、従属の女子達との交流も順調に深めている。女子達は毎日教室に通うのが楽しく、学院のない土日を残念に思うほどであった。
 年明けから王家主導の男性配信者達が活動を始めているが、男性配信者の先駆者であるユウタも精力的に配信を行っている。すでに会員は上限の百万人に達していて、新規の会員登録は不可能である。ただし、ヨシワラ大名家の特別枠での登録は可能で、会員登録者は少しずつ増えていた。
 この少しずつ増えている会員の中には、もともとはミナト大名家を支持していた市民の女性達もいる。ミナト大名家からヨシワラ大名家支持へと変わった女性達である。
 昨年の聖夜祭で男子からの求婚を断るという前代未聞の事件を起こしたユキシロは、次期当主から外れミナト大名家の屋敷で謹慎している……とされている。しかし、その姿があまりに目撃されないことから、ユキシロは死んでいるのではないかと一部で噂されていた。
 死亡説の中には、ユキシロは昨年の大晦日に倒れて重篤状態となりその後に亡くなったという噂がある。しかも、この情報がミナト大名家と近しいところから流れてきたため、噂は本当なのではないかと騒がれていた。
 ただ、ユキシロ死亡説の噂は徐々に下火になっていく。妹のイオリが正式にミナト大名家次期当主になったためだ。ミナト大名家派閥の名家は、それまでユキシロと築いていた関係をイオリと築こうと動いている。平たく言ってしまえば、ユキシロが生きていようと死んでいようと、次期当主がイオリになった以上は関係が無いのだ。

 ユウタ達の上級学院二年生が始まって一ヶ月が経過しようとしていたある日。ヨシワラ大名家のユウタの別宅となった離れの邸宅にアカリの姿があった。応接室のソファに座るアカリの前に、メイド服を着たエリカの淹れた温かいミルクティーが置かれる。
「お待たせしちゃってごめんなさい」
「少し早めに着いてしまいましたので、お気になさらないでください。エリカさんとゆっくりお話しできて嬉しいですから」
「私もアカリさんとお話しできて嬉しいわ」
「うふふ。新しいメイドの服が本当にお似合いです。とても可愛らしいデザインで私も着てみたいです」
「ユウタ様が私達のために新しいデザインのメイド服を用意してくださった時は、本当に嬉しかったわ。こんなにも大事にしていただけて……」
「メイド服を着て喜ぶユキシロ様の写真をサオリ様から見せていただいた時は、本当に元気になられたのだと安心しました」
「元気過ぎて困っているのよ。あら、噂をすれば」
 部屋に近付く足音が聞こえると、ドアはノックされるが返事を待たずに開けられる。
「お待たせしてごめんなさい」
「ユキシロ様。ノックしたらちゃんと返事を待ってください」
「あっ……私ったら」
「少し早く着いてしまいましたので、お気になさらないでください」
 部屋に入ってきたユキシロはエリカと同じデザインのメイド服を着ている。ユキシロの可愛らしいメイド服に目を細めるアカリだが、ユキシロの手を見て表情が硬くなった。
「ユキシロ様……あまり剣術を激しくされると、手に痣が残ってしまいます」
「これは……」
「アカリさんもっと言ってください。私も注意しているのですが」
「だ、大丈夫よ! ちゃんとケアはしているから」
「そういう問題ではありません」
「でも……私に必要なことだから……」
「ユキシロ様……」
 アカリもエリカも、ユキシロが剣術を始めた理由をわかっているため、どうしても強く注意することができない。心配するアカリを見て、ユキシロは明るい笑顔と声で場の空気を変えようとする。
「みんなの様子を聞かせてちょうだい」
 ユキシロがソファに座ると、エリカは温かいミルクティーをテーブルに置いてくれた。今は同じ立場のためユキシロは申し訳無さを感じているが、エリカの優しさに感謝してお世話されるのを受け入れている。
「ヒマリさんを含めて、全員が通常の上級学院に通わないのを決めました」
 通常の上級学院とは男子のいない上級学院だ。男性特区内の校舎の上級学院に通えるのは男子に直属または従属している名家の女子で、直属も従属もできなかった名家の女子と市民の女子達は、男子のいない上級学院に通っている。
 アカリ達はこの通常の上級学院に通わず、自宅に講師を招いての学習を選んだのだ。
「迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「何も迷惑ではございません。ミナト大名家が専属講師を用意してくださいました」
「……良かったわ」
 アカリの言葉にユキシロの顔は一瞬曇ってしまう。その表情を見たエリカはすぐに声を掛けた。
「みなさんのために当然のことです。ユキシロ様が気に病む必要はございません」
「ええ……わかっているわ」
 自分のせいで名家存続が危うくなってしまい、アカリ達のための専属講師の費用をミナト大名家に負担してもらってしまっている。ユキシロという存在は何をしても誰かに迷惑をかけてしまうだけの存在だと、自分を卑下してしまうのである。
「またユウタ様に慰めていただきますか?」
「だ、だ、大丈夫です! げ、元気です! 私は元気ですから!」
 エリカの言葉に焦るユキシロを見て、アカリはくすくすと笑いを堪えることができなかった。ヨシワラに保護されたユキシロをユウタは本当に大事に守ってくれている。つい先日、自分に向けられる優しさに卑下していたユキシロを、ユウタは励ましの言葉で慰めた。ユウタに慰められたユキシロは顔を真っ赤にして感謝を述べると、ものすごい速さでその場を逃げ出してしまったのである。
「みんなにもユキシロ様は元気だと早く伝えてあげたいです」
「そうね……。そうなれたらいいのだけど」
 ユキシロがヨシワラ大名家で保護されているのを知っているのは、キョウバのクラスで従属していた女子達の中ではアカリだけである。他の女子達は、ユキシロはミナト大名家の自室で謹慎していると思っており、死亡説の噂を聞いて不安を募らせていた。
「サオリ様とフミエ様の対立は深まっています。フミエ様のユキシロ様への面会要請は引き続き拒否していて、ユキシロ様は重篤状態だと伝えています」
 サオリはフミエに、ユキシロは昨年の大晦日に屋敷を抜け出し、公園で意識不明の重体で発見され、ミナト大名家の運営する病院に極秘入院していると伝えている。ユキシロの近くに落ちていた瓶を解析したところ、自害用の薬であったのが判明したことも伝えている。
 フミエはユキシロの見舞いに行くと言っているが、サオリはこれを拒否。フミエは激怒するも、サオリはなぜユキシロが自害用の薬を手に入れられたのか調査中だと告げて、フミエを牽制している。
 ユキシロの死亡説がミナト大名家の近しいところから流れているのは、サオリとフミエの対立によるのも一つの原因だ。フミエはユキシロの死亡を確認したわけではないが、あの瓶の中身を飲んだのなら間違いなく死んでいるはずだと思っている。しかし、サオリからユキシロは重篤状態だと告げられた。愛娘の死を受け入れられない母親の妄言なのか、それとも本当にユキシロは重篤状態でも生きているのか、フミエは確認できない状態なのだ。
 ユキシロに薬をフミエが渡したと確信しているサオリは信頼できる近しいものに、ユキシロの持っていた自害用の薬は祖母であるフミエが渡したのだと仄めかしていた。
 フミエはこれに大激怒してサオリを呼び出したが、サオリの目は実の母親を見る目ではすでに無くなっていた。以前までのサオリは当主となってからもフミエを立ててきたが、愛娘を死に追いやろうとしたフミエへの対応は百八十度変わった。
「フミエ様のお屋敷への出禁をお考えのようです」
「そこまで……」
「当然です! ユキシロ様にあのような薬を渡すなど……」
 エリカは怒り心頭だ。エリカとアカリはユキシロの持っていた瓶の中身が自害用の薬だったと知らされている。ただ、当人であるユキシロは瓶について黙ったままである。中身が何で誰からもらったのか、ユキシロの口からは何も語られていないのだ。
(お祖母様の考えを……間違っていると私は言えない。ミナト大名家を守る大きな観点から考えれば、お祖母様の考えは合理的だから……。現にいま、私は生きているだけで誰かの重荷にしかなれない……)
 エリカもアカリも、ユキシロに瓶について詳しく聞くことはない。しかし、こうして話している内容をユキシロが否定することはないため、自害用の薬をユキシロに渡したのは祖母のフミエだと思っている。
「ユキシロ様の噂はこれまで通り、表向きはミナト大名家の屋敷の自室での謹慎として、引き続き死亡説も流していくそうです」
「わかりました」
 ユキシロが亡くなっているかもしれない憶測を呼んでいるのは、サオリ自身の発言でもある。サオリは今後のことを考えて、引き続きユキシロは死んでいるかもしれないと噂が流れるように動いていた。
「レイラさんの様子はどう?」
「学院が終わると、変わらずホテルにほぼ毎日来ています。週末泊まっているのも変わりません」
「キョウバ様がクラスに来られないのも続いているというわけね」
「マナミ様からも、そのように聞いております」
 キョウバのクラスの情報をマナミはユキシロのために集めてくれていた。ただ、キョウバは上級学院二年生になって一度もクラスに来ていないため、伝える情報はいつも同じである。
「セイラムさんとも会っていないのよね?」
「はい。そのため、セイラムさんは相当苛立っているようです」
「安易に動いてくれたおかげで、私の直属は解除できたのだけど……」
 昨年の聖夜祭でレイラが婚約者となった直後はまだ大人しかったセイラムだが、年明けのある日を境に急にキョウバと距離が近くなった。キョウバもそれまでセイラムと安易に接触することは無かったのが嘘のようだ。
 セイラムの屋敷にキョウバを招くのは、婚約者のレイラに会うためという口実があるのでまだわかるが、セイラムはキョウバの部屋を何度も訪ねていた。夫のシグロの目は盗めても、ミナト大名家の監視の目を盗むことはできなかったのだ。
 本当は聖夜祭の前に欲しかったキョウバとセイラムの関係の証拠を押さえたミナト大名家であったが、聖夜祭の事件により状況は一変していた。キョウバの婚約者となってしまったレイラを、セイラムと肉体関係にあるのを理由にキョウバから婚約破棄してもらうのは不可能だ。
 そもそもレイラをセイラムから解放してヨシワラ大名家で保護してもらう計画は、ユキシロがキョウバの婚約者となるのが大前提である。今となっては、キョウバの直属と婚約者はレイラしかおらず、前提は全て崩れている。
 それでもサオリはセイラムに使者を出して、キョウバのマンションに一人で入るセイラムの写真を見せた。セイラムは、レイラとの結婚に向けた話し合いを母親である自分が代わりにしていただけだと、キョウバとの肉体関係を否定してきた。サオリの使者はセイラムの主張云々に興味はなく、未だにユキシロの直属を解除しないキョウバに、セイラムから直属を解除するのを求めて欲しいと伝えた。そして、ユキシロの直属が解除されたらシグロに写真を見せることはないと約束したのであった。
 娘の結婚に向けた話を当人ではなく母親がするという言い訳は、名家の誰が聞いても不自然だと思うだろう。まして、娘の婚約者の男子の部屋に一人で行くのは夫を持つ妻として許されない行為だ。キョウバとの性行為そのものを撮ったわけではないが、この写真をシグロが見ればセイラムは言い逃れのできない窮地に立たされる。シグロが怒りに任せて担当官に伝えれば、セイラムの処罰は免れない。
 しかし、サオリはそんなことをするつもりは無かった。サオリはセイラムも母親のフミエによる被害者なのだと考えていた。セイラムの目的がミナト大名家の乗っ取りであっても、ミナト大名家の血を引くレイラが適合者であるキョウバの婚約者となったことで、大名家当主だけが知る当主となるべき条件を満たしているのは事実だ。
 愛娘のユキシロとイオリが不幸になるのは許せないが、セイラムとレイラが不幸になるのはミナト大名家の責任だとも考えている。ミナト大名家を乗っ取らせるつもりはサオリもないが、できる限りセイラムのしたいようにやらせてあげていた。
「ユキシロ様は自由になったのです。ですから……ご自身の想いに素直になられてください」
「そ、それは……そ、その……」
「それはもちろんユウタ様のことですね」
「はい。もちろんです」
「ふ、二人とも何を言っているの! 私はユウタ様のメイドのマーガレットです。ミナト大名家次期当主ユキシロはもういません。私はここで……ユウタ様のメイドとして働けるだけでいいのです」
 顔を赤らめるユキシロを見れば、ユウタへの想いを抱えているのは誰が見ても明らかだろう。ただ、その想いを素直に口に出すことはできない。メイドのマーガレットとして生きているユキシロは、自分には何の魅力も無いと本当に思っている。
 名家の中の名家である大名家次期当主として厳しい教育を受けてきたユキシロにとって、名家の女性の魅力とは男性の望みを叶える力である。そして男性の望みが社会貢献となるように導く力だ。
 メイドのマーガレットとして暮らすユキシロはユウタに守られることはあっても、ユウタを守ることも望みを叶えてあげることもできない。
(こんな私がユウタ様を……お慕いしていいわけがない。私にできるのは、メイドとして少しでもお役に立てるように頑張るだけ)
 剣術を始めとした習い事に打ち込んでいるのも、何の魅力もない自分が少しでも何かの役に立てるようにという想いからであった。


2 メイドの生活 ユキシロ


 何かの夢を見ていると認識した時は、もう目が覚めているのだと思います。そして目が覚めると夢の内容は不思議なほど忘れています。
 時刻は朝の五時五十八分。六時に目覚まし時計をセットしていますが、鳴る前に目が覚めるようになったのはいつからでしょう。六時に目覚ましが鳴ると同時に止めて、ベッドから起き上がります。すると、いつものように部屋のドアが開きます。
「ユキシロ様。おはようございます」
「エリカさん。おはよう」
 ヨシワラ大名家の離れの邸宅……いまはユウタ様の別邸となっている屋敷の一室を私の部屋としてくださいました。部屋の内装も調度品も、どう見てもメイドの部屋としてはあまりに品格の高い部屋です。メイドなのですから、エリカさんと同じ部屋でいいですとお伝えしたのですが、ユウタ様もアオイちゃんも、ここは私のための部屋だからと……。
「朝の準備を致します」
「ありがとう」
 朝起きればミナト大名家で過ごしていた時のように、エリカさんがお世話してくれます。横に跳ねる癖毛を梳いてくれて、身だしなみを整えてくれるのです。
「お召し物を」
「メイド服は自分で着られるわ」
「お手伝いさせてください。私の生き甲斐なのですから」
 ユウタ様が私とエリカさんのために、新しいメイド服のデザインを選んで作ってくださいました。とても可愛らしいメイド服で、私もエリカさんも大好きです。
 毎朝、私はエリカさんにメイド服を着るのを手伝ってもらっています。一人でも着られるのですが、私のお世話をするのが生き甲斐だとエリカさんは譲りません。
「今日もとてもお美しいです」
「ありがとう。ユウタ様の選んでくださったメイド服のおかげね」
「ユウタ様がお選びになったメイド服はとても素敵ですが、ユキシロ様が美しいのはユキシロ様だからです」
「私は……」
 私は美しくない。私には……何の魅力もない。

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