「怨敵を憎むこともできぬか、腰抜けめ。不能め。童貞め」
『童貞め』
「なんでヒュドラまで一緒になって言うかな!」
その反応に、魔王の目がぎらりと輝いた。
「なるほど、くふっ、図星じゃったか、くふふふっ」
「な、なんだその楽しそうな笑い方」
「じゃってのう、お笑い種じゃろう? 女も知らぬ童貞に敗北したなど、魔王の尊厳もズタズタじゃ」
「ど、童貞のなにが悪い! 清い体ってことなんだぞ!」
ウィルはたまらず言い返したが、
『かっこ悪い』
「ムキになるでない、童貞め」
「いまヒュドラの悪口まで聞こえた気がするんだけど!」
ふたりがかりでからかわれ、ウィルの顔はどんどん熱くなっていく。
「女にうつつを抜かすことなく研鑽を積んできただけだ! たしかに郷でも女の子とまともにしゃべったことはないし、助けた村人たちに女の子をあてがわれたときも手をつけず旅立ったけど、けっして緊張しすぎて逃げたわけじゃない!」
『ガチガチでしたね、あのとき』
「あー悲しいのう悔しいのう。こんな童貞丸出しの皮も剥けてないお子さまに負けたなど魔王の名折れ。童貞以下のカス魔王じゃ。恥ずかしーのうー」
魔王は顔を手で覆ってわざとらしく首を振る。
可愛いけど腹立たしい。煽りとわかっていても、ウィルは黙っていられない。
「……剥けてる!」
「は?」
「ズル剥け……というほどではないけど、皮はほぼ剥けてる!」
「ぷっ、くふふっ、ムダに素直な男じゃのう、くふふっ、半剥け勇者」
「わーらーうーなー! 変な修飾を勇者の前につーけーるーなー!」
ウィルはバタバタと手を振って魔王の言葉を打ち消そうとした。顔は炉にくべた鉄のように赤熱している。頭のなかはもっと余裕がない。
一目惚れの相手にバカにされると、たまらなくつらい。
なのに魔王はさらに侮辱を連ねてくる。
「もうわかったのじゃ。無理はせんでよい、童貞半剥けヘタレ勇者」
「嫌な修飾が増えた……!」
「そうやってウジウジと手をこまねき、ふたたび世界が闇に染まるのを見守るのが童貞クンにはお似合いじゃろう」
魔王は左腕を乳房の下に据え、右手で笑みに歪んだ唇を撫でる。
ひどく嘲弄的な仕草だとウィルには感じられた。
「そちの十年の努力はよい余興となったぞ。料理もすばらしく美味であった。まるでわらわを悦ばせるためだけに生まれた存在じゃ。褒めてつかわそう、童貞半剥け短小ヘタレ勇者よ」
刹那、テーブルが真横に吹っ飛んだ。
ウィルの手がジンジンと痛む。殴った意識はない。頭のなかでなにかが切れたと思ったときには、テーブルと食器が壁にぶつかって砕けていた。
「余興なんかじゃない……」
口走った言葉も、考える間もなく出たものだ。
「十年でたくましく育った……短小じゃない!」
『いや、こだわるべきはソレじゃないでしょう』
ヒュドラの声がうるさいので《百竜の剣》を投げ捨てる。壁に突き刺さった。
「童貞で半剥けではあるけど、短小なんかじゃない!」
ついでに《明星の鎧》も脱ぎ捨てる。体が幾分軽くなった。
証明しなければならない。自分がいかにたくましいかを。
ズボンの紐をほどき、ひと思いに下穿きごと降ろした。
「これがウィルベール・ヒンリクタスだ!」
さらけ出した股間にそれがある。
竜の郷ですくすく育った男の証。
魔王もさすがに予期していなかったのか、しばし唖然とする。
「これは……」
「俺のすくすくソードだ!」
「なんとまた……ショボい見た目じゃな」
感想一言で死にたくなった。
だが事実として――股間はショボショボに萎びている。
心も股間も泣きたいのだ。初恋の相手が宿敵であった悲しみに、すくすくソードはうなだれるばかり。
「違う……! 充血すればもっとすくすく大きくなる!」
「オーガの腕ぐらい?」
「そ、そこまでではないけど……」
予想外の期待の大きさに気圧されてしまう。
「三つ叉だったりせんのか?」
「するか!」
さすがにそれは予想外すぎた。
「全体がトゲだらけで、ヤツメウナギのような口がついてたりは? ぶすりと刺せば魔族女が爆発四散する天下無敵の虐殺ソードだったりせんのか?」
「人間の女も死ぬわそんなもん!」
「なんじゃつまらん」
魔王は興味を失ったというように窓の外へ目を向けた。
「殺す力と料理の腕前はあれど、男として見るべきものはないのう」
「ちぃくしょおおぉおおおおぉおおおおッ!」
ウィルは魔王の部屋から逃げだした。
音のように速く、すくすくソードをブラブラさせながら。