出だし読んでね!
プロローグ
「うわあああああああ!」
アルは、悲鳴をあげて森から脱出した。
植物型モンスターの、槍のように鋭い枝が、彼を突き殺そうと追ってきていたが、森の外へは出てこなかった。
助かった。
アルは、ぜえはあ、と荒く呼吸をしながら、
「あの、冒険者ギルドのっ、受付嬢っ! なにが『一本道のマップなので初心者や一人パーティの方でも安心ですよ』だっ! モンスター超強いじゃねえか!」
きっちり声真似までして、わりと余裕がありそうだが、実のところ、命の危機に晒されてパニックになっているだけである。
それはともかく、今はそういう状況なのだった。
アルは冒険者である。
ここで言う冒険者とは、魔王を倒すため壮大な旅を続ける勇者、みたいなことではなく、生活のためにモンスター狩りやトレジャーハントをしている、職業名だ。
冒険者は、大陸の各地にある冒険者ギルドで、トレジャーマップを購入したり、近隣住民からの様々な依頼を引き受けたりして、生計を立てる。
その度合いは様々で、難度の高い依頼を受け、大金を手に入れる者もいるし、小銭稼ぎのようなちまちました仕事をして、その日暮らしをしている者もいる。
言うまでもないが、アルは後者である。
しかし、そんな生活にもいい加減飽きてきた。
そんなわけで昨日、冒険者ギルドの職員に『いやー、なんか楽して大儲けできる依頼とかないかね~』と愚痴交じりの冗談を言ったら、教えてくれたのがこのマップだった。
ちょっと長めの道のりだが、一本道なので探索に時間はかからない。モンスターの数は少なめ。それでいて、最深部にあるお宝の推定金額は500万ダッカス。一生遊んで暮らせる額だ。
――で、このザマである。
マップの森に足を踏み入れた途端、モンスターに襲われ、剣で応戦したが、まったく歯が立たず逃げてきた。
受付嬢は『アル様なら簡単に攻略できるマップだと思いますよ~』なんてのほほんと言っていたが、全然そんなことはなかった。
「まあ、俺が弱いのも悪いんだけどさ……」
一応剣を持ち歩いているが、これはほぼ飾り。
アルが普段こなしているのは、家畜の追いこみとか、農作業の手伝い、野犬の退治――と、冒険者というよりは便利屋といった感じである。
単身ダンジョンに挑むなんてのがそもそも間違いだった。
「仕方ないな。こうなったら、あれを試してみるか……」
だいぶ息が整ってきたアルは、身を起こすと、荷物から白墨を取り出した。
それで地面に『魔法陣』を描いていく。
アルは、召喚魔法が使える。
召喚魔法とは、この世界のどこかに存在するものを、この場に喚び出すことのできる魔法だ。
あらかじめ対応する魔法陣を描いておき、その場にものを置いておけば、魔力をほぼ消費することなくそれを呼び出せる。
また、魔力を有する生き物なら、その魔力を利用して、どこからでも喚び出すことができる。相手になにか望みがあって、アルがその望みを叶えられる場合、契約関係が結ばれ、その生き物を一時的に使役することも可能だ。
アルは、初めは、ものを持たなくていいから楽、という理由で召喚魔法の習得を始めたのだが、いつの間にか面白くなって、わりと魔力の高いモンスターも召喚できるようになっていた。
そんなことに時間を使っていたので剣が弱いのだが……。
魔法陣ができた。
アルは、魔道書を開くと、そこに書かれた呪文を口にする。
「我の名を告げる。その名を聞く者は応えよ。我が名はアルティスラ・フォートゥン……」
そうしながら、アルは考える。
このマップをクリアするのに最適なモンスターはなんだろうか。
様々な生物の姿が、彼の頭の中をよぎる。
実はアルには、前世の記憶がある。
前世で彼は、日本と呼ばれる国の学生だった。
彼の父は獣医で、彼の家は動物病院だった。
普通の医者が人間も家畜も診るこの世界から考えれば、特に理由もなく動物を飼ったり、その動物を診る専門の医者がいるというのは信じられない話だが。
それはともかく。
そんな環境で育ったため、アルは動物のことに詳しい。
といっても、専門知識があるほどではないが、父の話を聞いたり、家にある、動物に関する本を読んだりしていたため、そこそこの知識はあった。
そんな彼は、アルとして生まれ変わっても、この世界の生物に興味を抱いた。
どういう生活をしているのか。
どういう生態系をなしているのか。
人間とどう関わっているのか。
特に、彼が興味を持ったのが、前世の世界には存在しなかったモンスターだ。
魔力と呼ばれるエネルギーを体内に多量に有したことで、特異な変化を遂げた生物たち。
そんな彼らに強い興味を持ったからこそ、彼らを召喚できる魔法を、彼は習得したのかもしれない。
彼が攻略しようとしているマップは、お宝がある最深部に辿り着くまでに、四つのエリアが待ち受けている。
第一エリア、植物型モンスターが棲む森林。
第二エリア、小型(主にネズミタイプ)モンスターが大量に棲む廃墟。
第三エリア、炎をまとうモンスターが棲む火山帯。
第四エリア、アンデッド系モンスターが棲む洞窟。
(植物なら炎に弱い……火系魔法が使えるヤツがいいな。ネズミ相手なら……蛇型のモンスターがいれば戦わずに追い払えるかも。火山帯は……水系魔法の使い手がいいよな。アンデッド系には……同じアンデッド系を当てるのが最適だろ)
呪文を唱えながら、召喚するべきモンスターを考えるアル。
……が、そこで、ものすごく余計な雑念が彼の頭をよぎった。
マップのことから、そのマップを勧めてきた受付嬢のことが連想されてしまったのかもしれない。
(最近可愛い女の子と話してないなぁ……)
受付嬢も、なかなかの美人だったが、ちょっと化粧がケバかった。それに、アルより歳上だった。
アルの好みはもっとこう……。
(なんていうか、小柄で、歳下で……おっと、いけね。魔法に集中しないと)
今更である。
すでに呪文は終わりに差し掛かり、締めの文句を口にするだけ。
召喚魔法は、中断できないので、アルはそのまま呪文を告げた。
「……我が呼び声に応え、契約を結べ!」
魔法陣が光を放つ。
すぐにそれは、光の柱とでもいうべきものに変わり、あたり一帯を眩く照らす。
やがてその光が治ると、そこには四体のモンスターが召喚されていた。
「……………………あれ?」
いや、それをただ、モンスターと言っていいのだろうか。
そこにいたのは、
「私を召喚したってことは、エロいことがご所望なのかな?」
褐色肌に角と羽と尻尾を生やした、サキュバス。
「……さっさと用事を言ってちょうだい」
蛇体の下半身をくねらせながら、細い瞳孔の蛇眼でこちらを睨むラミア。
「あはははー! どこここー?」
水色の半透明の身体をフヨフヨ揺らす、ツインテール少女姿のスライム。
「あう、眩しいですわ。くらくらしますわ……」
つぎはぎの身体を真っ青にして、今にも倒れそうなゾンビ娘。
四人のモンスター娘であった。
しかも全員ロリであった。
「なんでだーーーーーー!?」
アルは力の限り叫んだが、どう考えても自業自得である。