【2018年4月14日】

『豊穣の隷属エルフ』出だし公開

『豊穣の隷属エルフ』出だし公開です!

第Ⅰ章
森と湖の大地。
大陸に鬱蒼と広がる森林地帯は、古来よりエルフの発祥の地と言われ、いくつものエルフの部族が悠久の昔より興り、続いていた。
その特性や違いにより、エルフたちはいくつかの国に分かれていったが、豊かな森の恵みをいただき、ゆっくりとした時間の中で穏やかな繁栄を享受した。
しかし平和な時間は長く続かない。
貪欲な人間たちは、その勢力を加速度的に大陸中に広げていった。
南に勃興した人間の国、バリステン王国は周辺の小国を取りこみながら勢力を拡大。また、旺盛な戦闘力でたちまち国土を広げ、エルフの東の森の国に迫ってきた。
神聖なエルフの故郷の森を土足で侵し、村や町を襲い、一般のエルフもかまわず奴隷に、あるいは殺した。

東の森の国。
それは深い森と険しい山、無数の湖沼地帯という天然の要害に恵まれた難攻不落の国だった。
加えて王都は長大で堅固な城塞に守られていた。
長命なエルフはもとより争いを好まず、軍そのものが平時にはない。組織的な戦闘技術にも乏しく、騎士など伝統的な階級が剣技を脈々と伝えるのみだ。
国境の備えは着々と、より強固なものとなっていた。しかしそれ以上の積極策はエルフの本分ではない。
確実に迫るバリステン王国の魔手を感じながらも、東の森の国にはいましばらくの、穏やかな時間が流れていた。

「ええい、やぁー!」
甲高い少年の声が響く。
ここは王都の中心に位置する王城。その中庭に、ひとりの少年と女性が剣で相対している。
「思いきりかかってきませい! 本気で吾に手傷のひとつも負わせるつもりで!」
叫ぶのは、長身の女性騎士。白い甲冑に身を包み、金色の長い髪の一部を編みこんで、残りを風になびかせている。
持っているのは模造の剣だ。しかし模造とはいえ、大きさ、重量ともに本身と変わらない。
それを軽々と片手で扱う。
「でも、ヴィルヘルミナにケガでもさせたら、ぼく……」
対する少年、小柄な身体に両手で持つ剣がやけに大きく感じられる。
やはり金色の髪を短く切りそろえ、少年というよりどこか少女のような、聡明でやさしげな顔立ち。
「気遣い無用! 来ませい、ビョルン王子!」
ヴィルヘルミナと呼ばれた女騎士が叫ぶ。少年はこの東の森の王国の王子。いま、ふたりは日課の剣術の稽古の最中だった。
ヴィルヘルミナは模造剣だが、ビョルンの剣は本物だ。
「わ、わかったよ。ぅぅう、ぇええええいいっ!」
覚悟を決めた王子が、精いっぱいの雄たけびとともに剣をかまえ、突進する。しかしその突きの一撃は、
「ふんっ!」
いとも簡単にかわされ、さらに一閃したヴィルヘルミナの模造剣に、
「ぁああ」
弾き飛ばされてしまう。鈍い銀色をした長剣が、くるくると青空に輪を描いて飛んだ、と思うと、
「きゃあああっ!」
地面に突き刺さった。それは、ちょうど城から出てきた少女の、眼前に落ちて悲鳴を上げさせる。
「ウルスラ! ヨンナ!」
ビョルンが叫んで駆け寄る。先に出てきたほうが、落ち着いた雰囲気のウルスラ。そしてもうひとり、
「ウルスラ怖がりすぎ! ぜんぜん外れてるよ!」
小柄なヨンナだ。
ふたりともにモノトーンのメイド服を身に着けている。そして、さらに姿を現した、その人。
「アルフィリア!」
声を上げたのはヴィルヘルミナだ。
純白を基調としたドレスに身を包み、どこまでも長く美しい金色の髪を軽く風になびかせた、森の宝石。
アルフィリア姫。ウルスラとヨンナは、姫付きの侍女なのだ。
「ヨンナ! 姫殿下のドレスの裾をお持ちするように、って、あれほど!」
「えー、だってウルスラが急に悲鳴なんか上げるからぁ。姫さまだって、心配して。ねっ、アルフィリアさま!」
年上のウルスラに怒られても、ヨンナは笑顔で悪びれない。アルフィリアも、
「よいのです。ヴィルヘルミナのことですから、大事ないと思っていました」
微笑む。
人間で言えばまだ十六、七にあたる二百八十歳。
幼さを残しながらも、その面立ちには早くも高貴な気品が隠せない。
花びらのような唇がほころぶと、それだけであたりの空気が香しく、光が射しこんだように感じるほど。
「吾がついていながら、申しわけなく」
ヴィルヘルミナが近づき、その足元にかしずく。
しかしアルフィリアは、自らも膝を曲げ、腰を落としてその手を取り、
「このような杓子定規な態度は私、嫌いだって、いつも言っているはずですよ。ミーナお姉ちゃん」
立ち上がるよう促す。
ヴィルヘルミナもそれに従って、
「たしかに、そなたと吾は、幼子のころから姉妹のようにいつも一緒だった。されど、このように長じて、吾は騎士侯爵家の、そなたはこの王国の、それぞれ家名を受け継ぐものとなったいま」
「ほら、それが堅すぎるって、言うんです。昔みたいに、私を妹だと思って……」
しかしアルフィリアの小言は、さらにハツラツと弾んだ声に遮られる。
「お姉さま! 姉姫殿下!」
走り寄ったビョルンが、そのままアルフィリアの胸に飛びこんだのだ。
「きゃっ! もう、ビョルンも、そんなに強く抱き着いては」
「ぁ、ごめんなさい! 姉上。だって、このごろ姉姫殿下、忙しくってちっともぼくと一緒にいてくれないから」
「ごめんなさいね。このところ……」
それだけ言って、アルフィリアの顔が曇る。ヴィルヘルミナも小さくうなずいた。ウルスラやヨンナも、察してうつむく。
バリステン王国の侵攻。
それはますます勢いを増し、ついに東の森の国の辺境部を侵しつつあるのだ。
エルフの国に、正式な国境線はない。
古の昔より、神によって定められた地に神殿を築き、その周りに街を、さらに畑を、と作り人々が暮らし、さまざまな町や村が増えていく。
そんなふうにゆるやかな国をなしているのだ。
しかしバリステン王国の軍は、明らかに東の森の国の領域を侵しつつある。すでに、もっとも大きな街道を抑え、王都に迫りつつあった。
アルフィリアがこのところ多忙なのも、こうした情勢に心を痛めているせいだった。
「すまない、アルフィリア。吾も前線を視察しているのだが、人間どもの軍は神出鬼没で、そのくせ卑怯なことでもなんでもやって来る。エルフの戦作法とはとうてい相容れない連中だ」
立ち上がって、ヴィルヘルミナ、顔を曇らせる。
「やっぱり、人間の軍が来るの? 戦わなくちゃいけないの、人間と。負けたら、この国も……」
ビョルンの顔、にわかに泣き出しそうになる。
「だいじょうぶですよ、殿下」
ウルスラがビョルンの肩を抱く。ヨンナも、
「平気平気! ヴィルヘルミナさまや、えらい騎士のかたがたがぜったいやっつけてくれる! だいたい人間なんて、あたしたちエルフと違って、たーった五十年とか六十年くらいしか生きられないだよ。ほら、もうぜーんぜん負ける気、しないでしょ!」
言うと、ビョルンの表情にみるみる笑顔が戻った。
「ほんとだ! ヨンナの言うとおりだね! ぼくたちエルフは千年超えて生きるのだって、珍しくないっていうのに、人間なんて! あははは! そうだそうだ、ぜんぜん怖くないや!」
元気を取り戻したビョルンに、アルフィリアもヴィルヘルミナも、ほっとして顔を見合わせる。
「ただし、油断は禁物だ。それに、いざとなったとき頼れるのは己。つまりはこの、剣だ!」
そう言うと、ヴィルヘルミナが腰の剣をすらりっ、と抜いて見せる。
さっきまでの模造剣などではない。磨き上げられた細身の剣が、陽光を弾いてキラキラと輝く。
「んー、わかってるよぉ。鍛えないと、でしょ。でも剣術、痛いから嫌いなんだ。ヴィルヘルミナもおっかないしぃ」
アルフィリアのスカートの陰に隠れるように、ヴィルヘルミナをチラチラと見上げるビョルン。
「まったく、そんなことではこの王国を継ぎ、偉大な王となることなどできぬと」
「まぁヴィルヘルミナ、そのうちビョルンもわかってくれると思います。時間をかけてゆっくり鍛えてください、ね」
最後はアルフィリアが取りなすように引き取り、笑顔を見せる。ビョルンはずっとアルフィリアのスカートを握って、動かない。
「あ、もうこんな時間ですね! 殿下、おやつをいただきましょうか」
とウルスラ。じつはアルフィリアのアイコンタクトを察しての機転だ。
「えっ、おやつ? わぁ……ぃ、んっ、んんっ! そんな子どもみたいなもの、ぼくが食べたいって思ったのか、ぃ」
一瞬、歓声を上げたものの、ヴィルヘルミナを意識して、しゃちほこばるビョルンだ。しきりに腰の剣に触れたり握ったり。
そのしぐさに、ぷっ! と噴き出すのは、当のヴィルヘルミナ。
「くくっ、はははは!」
「ヴィル、ヘルミナ? なんだよ、そんなに笑わなくたって」
今度は憮然とするビョルン。
「はははは……いや、すまない。しかしビョルンも、だんだんに男らしくなってきた、ということか」
笑いを途中で抑えて、ヴィルヘルミナが言う。
「そうですね、頼もしいわ、ビョルン」
「頼りにしています、殿下」
アルフィリア、ウルスラも、微笑みながら合わせる。ひとり、ヨンナが、
「そんなことより、早くおやつ、食べよ! ねっ!」
ひたいが触れるほど顔を近づけ、笑う。
「ぅ、うん!」
ビョルンも破顔し、ふたりは手を握り合って城の中へ。それを見て、アルフィリアたちも微笑む。ひさびさの、ビョルンの素直な、かわいらしい姿を見られた、といううれしささえ表情にこみ上げていた。
「私たちも、入りましょう」
「うむ……ときにアルフィリア。噂を聞いたが、やはり、和平のために……」
歩きながら、ヴィルヘルミナが尋ねる。その表情はまた、シリアスなものに戻っていた。
アルフィリアも憂いを含んだ表情で答える。
「はい。まだ正式に決まったわけではないの。でも、バリステン王国もこの国も、これ以上戦わずに済むのなら、ふたつの国の人々が争わず、平和に暮らせたらと。そのためなら、私が……」
「しかしアルフィリア、それではそなたが!」
「いいえ、ヴィルヘルミナ。誰かがやらなくてはならないの。そしていまの私にはそれができます」
それだけ言うとアルフィリアが目を伏せる。
ヴィルヘルミナは悔しそうに唇を噛んだ。
「我が軍が、もっと、敵を蹴散らしていれば! 誉れ高い騎士のひとりとして、吾が、もっと……!」
拳を握りしめる。そのヴィルヘルミナの手を、そっとアルフィリアが自らの手で包みこむ。
そのあたたかさ。
「すまぬ、アルフィリア……!」
固く結んでいたヴィルヘルミナの唇が柔らかくほぐれる。目元もやさしさを取り戻していく。
「そなたは、どんな者でも穏やかにしてしまうのだな。吾の猛った心も……」
「ヴィルヘルミナ……」
「アルフィリア、そなたなら、できるかもしれない」
ヴィルヘルミナが小さく笑みを見せる。どこか哀しいその笑み。そのひとみが潤んでいた。
ふたりから一歩離れて、ウルスラも目を伏せる。その目尻にも、滲むものがあった。

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