【2018年7月11日】

竜王の汚れ仕事!出だし先行公開!

プロローグ
壊れそうなほど華奢な姿を一目見て、思ったのだ。
この子は俺が連れて帰らなければ、と。

修吉は覆いかぶさるように少女を抱きすくめた。
「静かに……声をあげたらどうなっても責任取れないから、ね?」
猫なで声で言いふくめ、口を手で塞ぐ。顔が小さいので、唇ばかりかちょこんとした鼻もぷにぷにほっぺも一緒くた。
顔ばかりか体も小さい。薄くて、細くて、大人の腕にすっぽりと収まる。フリフリの子ども用ワンピースが丈も身幅もぴったり。
「ふみゅ……ふぁい」
蝶の羽音のようにささやかな返事は、はかなくも霧笛の音に消えゆく。
満月の下、埠頭に並ぶコンテナの陰にひと気はない。
大の大人と子犬のように震えるちびっこ、ふたりきり。
可憐な服装の少女に対し、修吉の衣服は灰色の作業用つなぎである。釣りあいが取れている気がしないし、どうにも気後れしてしまう。
(それでも俺は、この子を連れていくんだ)
ひょい、と軽く抱きあげ、コンテナのあいだを歩きだす。
「んみゅ……!」
少女の震えが大きくなり、甘酸っぱい匂いがほんのり漂う。緊張によって汗が分泌され、子ども特有の甘い体臭と混ざったのだろう。
「い、いい匂いがするね……甘い匂いだ」
可愛い耳にささやくと、びくり、と彼女の肩が跳ねた。
「綿菓子みたいだね、ど、どこを触ってもふわふわで」
くりくりの丸い目が泳いでいる。露骨に動揺中。
「だ、だいじょうぶ、怖くないよ……壊れないように、や、優しくしてあげるから。かわいいかわいい、綿菓子ちゃん」
はあ、はあ、と熱い息が白い首筋を撫で、また彼女が恐ろしげに震える。
(どうしよう……女は褒めれば喜ぶってネットで言ってたのに)
安心させてやろうと慣れないセリフをひねり出したのに、効果はゼロ。あまりに慣れないことだから、緊張のあまり修吉の息まで乱れていた。
「おい、見つかったか!」
コンテナを挟んだ向かい側から焦り気味の声が飛んできた。
返す言葉は、さらに奥のコンテナの向こう側から。
「いや、見当たらない!」
「よく探せ! ちっこいからどっかに潜りこんでるかもしれねえぞ!」
「見つけ出さないとドレイクさんにどやされっからな!」
あちこちで少女を捜す声が飛び交いだした。
まずいな、見つかるかな、と思った矢先、修吉の正面に男が現れた。
目が合う。
男の瞳孔が月明かりを拾うべく丸々と開いた。顔は毛深くて、頭に尖った耳が生えている。猫科モンスターの隔世遺伝だろう。
「いたぞ!」
「見つかったかぁ、くそぅ」
嘆息する修吉に、猫男は黒光りする筒を向けた。
パン、と爆竹のような音が鳴り、修吉のそばを銃弾が通り抜ける。
「馬鹿、打つな! 女の子に当たるだろ!」
「すまん、つい! なんか急に、撃たないとダメだ的な気分に……!」
周囲に続々と男たちが集まってくる。
猫男と合わせて七人、隔世モンスターと純人間が三対四。角の生えた小男と、単眼の大男が目立つ。服装が総じて物騒というか、ガラが悪いというか。犯罪集団にふさわしい剣吞な空気が漂ってくる。
「かくして和田修吉は誘拐犯に見つかったのであった……」
修吉はがくりと肩を落とす。
仕事帰りにこどもが連れ去られる場面に遭遇し、出来心で助けに入った結果、犯罪者に囲まれて拳銃を向けられてしまった。
「あ、あの、わたしはだいじょぶですから、逃げてください……」
少女は殊勝なことを言うが、目には涙がたっぷり浮かんでいる。心遣いのできるいい子なのだろう。
「わたしのために、こんな目にあわなくても、いいですから……」
「でもなぁ、逃げると言っても、囲まれてるからなぁ」
「ああ、逃げ場はない。さっさとそのJSをよこせ」
リーダーらしき小太りな純人間が勝ち誇るようにニヤつく。隔世モンスターと違って牙も爪もないが、銃を持てば生物としての格差はない。
一般的に、人化したモンスターは鉛玉で殺せる。
修吉とて耳と喉に小さな鱗がついているが、銃弾を受けるには小さすぎる。
四方から銃口を向けられた現状は、常識的に言うと「絶望」である。
「いちおう話しあいがしたいんだけど、ダメかな」
修吉は交渉を持ちかけながら、少女を抱きしめて銃口から隠した。
「そのJSの価値、わかって言ってるのか?」
「似児童象形者なら街歩いてりゃよくいるけど」
子どもの時分に成長が停止するJS体質は、さして珍しいものでもない。
街を見まわせば二百人にひとりはJSだろう。
原因は太古に人間と交わった人化モンスターの遺伝子。隔世遺伝によって発現しうる形質のひとつが似童象形である。
「ただのJSじゃない。そいつはサキュバスだ」
「……あー、なるほど」
「な、なっとくしないでくださいよぅ……」
少女は恥ずかしそうに身じろぎした。側頭部から生えた黒いコウモリ羽が小刻みに羽ばたき、甘い体臭を拡散させる。修吉の気分がほのかに昂ぶった。
サキュバスは男を惑わす淫魔である。
その特性は魅了の魔眼と催淫性の体臭、極上の名器。付加価値としての似童象形も加われば、金を惜しまない変態はいくらでもいるだろう。
「でも誘拐はまずいと思うよ? ほら、警察とかに見つかるとアレだし」
「ああ、目撃者は邪魔だよなぁ」
肥満男の目に揺らぎはない。混じりっ気なしの殺意がこもっている。
修吉はふたたび嘆息した。
「ああ、いやだいやだ。結局また汚れ仕事か」
吐き出した息を、吸う。
呼吸を止め、瞳にすこし力をこめて、ぐるり、と周囲を見まわした。
純人間は無視して、隔世モンスターたちと目を合わせる。
さきほどの猫男、角の生えた小柄な小悪魔、大柄な単眼巨人の三人。一瞥ずつ、しっかりと視線を絡ませる。
たちまち怒濤のような緊迫感が場を席巻した。
「……う、うわああああああああああ!」
怒声――否、悲鳴。
肥満男が制止する間もなく、三人の銃が火を噴いた。
(やっぱり隔世モンスターは人間より本能が強いな……警戒反応が露骨だ)
修吉は少女を抱きすくめて弾丸からかばう。
一発は外れ、一発は右の太ももに、一発は左の脇腹に潜りこんできた。
熱い。痛い。修吉の本能も自然と脈打つ。
銃創から血があふれると、頭の奥で、どくん、と毒液があふれ出した。
毒液が脳を、神経を、全身を、侵していく。
頭の奥で、スイッチが入る。
「おい、馬鹿、撃つな! 商品だぞ!」
「で、でも、コイツ、なんていうか、圧が……!」
「たぶんヤバいっすよ、旦那! 殺さないと……!」
「目、いまの目……!」
場に動揺が広がったとき、修吉はすでに動きだしていた。
「あ……消えた」
純人間がひとり、間の抜けた声をあげる。
誘拐犯たちが商品と獲物を見失ったとき、ふたりはコンテナの上にいた。
修吉は唖然としている少女の頭をポンと叩く。
「すぐ終わるから、ここに引っこんでろ」
「で、でも、おにいさん鉄砲でうたれて……」
「黙ってろ、鬱陶しい」
愛想をなくした修吉の言葉に少女は身をすくめる。
修吉はためらいなく空中に躍り出した。
毒性の魔力が全身に心地よく駆けめぐる。銃創はすでに塞がっていた。弾丸は体内で精製した毒物で溶解済み。
絶好調で七人の誘拐犯を見下ろし、ぼそりと呟く。
「汚れ仕事はなんでもおまかせ、Vが目印のV清掃でございます」
清掃業で染みついた営業用の定型句。
(決めゼリフとしちゃ最悪だな)
格好のつかない苛立ちは、悪党どもにぶつけることにした。

狩りつくすまで一分もかからなかった。
いちおうギリギリ殺さない範囲で一掃した。
難敵だったのは遅れて駆けつけた警察である。
より正確には、一所懸命に事情を説明するちびっこかもしれない。
「このひとが、私を抱いてくれたんです……! やさしくぎゅってして、ときどき強く、ぎゅーってして、ちょっと痛かったけど、それが力強くて、ドキドキして……私のこと綿菓子みたいに可愛いねって言ってくれたのも、くすぐったいけど、あの、その、私、ちょっと、ときめいちゃったっていうか……」
「署までご同行願います」
修吉はご同行して、自分は性犯罪者ではないと必死に主張した。
取調室から解放されるまでに五十回はロリコン糞野郎となじられた。
そんなに子どもが好きなのか、犬畜生にも劣る、とも言われた。
屈辱である。最悪の体験である。
だが、本当の「最悪」は、まだそのあとに控えていた。

――竜王ヴァスキ、少女を救う。
そんな記事がテレビやネットを駆け巡った。
長らく行方をくらましていた「堕ちた竜王」が誘拐犯を相手どり、正義の大立ち回りをしたのだとかなんとか。
「なに情報漏らしてんだよ、クソ警察ども……」
ソファに寝そべってテレビを見ながら、不機嫌丸出しで脇腹をかく。
和田修吉とは世を忍ぶ戸籍名。
真の名は竜王ヴァスキ。
いま、ネットで最悪のバズり方をしている。
『竜王ヴァスキ、JSを抱く』
『JSに甘く愛をささやくどくどく毒竜王』
『竜王の面汚しと呼ばれて、それでもJSのために』
『百年回峰行を通じて目覚めたギトギトのJS愛』
『出るッ! JSに竜王の毒汁いっぱい出りゅううううううう!』
身元を特定したらひとり残らず死なない程度の神経毒を流しこみたい。
そうでなくともヴァスキの評判は「竜王にあるまじきヨゴレ」である。悪評の上塗りは心底勘弁してほしい。
「ヨゴレ竜王だってプライバシーぐらいほしいッつーの……」
修吉は激辛スナックを鷲づかみで貪った。輸入物の爆辛ソースをトッピングしているので辛さ倍増。刺さるような刺激が心地よい。
追加で花火を口に含んで着火すると最高に美味しいのだが。一度それで部屋を燃やして追い出されたことが思い出される。世知辛さが身に染みた。
修吉にはほかの竜王と違って居城がない。特権もない。
正体を隠して清掃業者として働き、黙々と日銭を稼いでいる。
挙げ句の果てにロリコンと認知されてしまった。
「……ああああああッ、クッソぉ! 社会的倫理観に従って善行を積んでみたらコレだよ! 毒竜王は毒々しい悪事だけしてろってのか、こん畜生!」
炎や雷を司る連中が羨ましい。いかにも壮大でかっこいいから。
和田修吉ことヴァスキが司るのは、毒。
イメージ的に、陰湿で邪悪で気持ち悪い。
「そりゃ昔は毒で陸も海も汚しつくしたことはあるけど……」
一般人にとっては神話の出来事だろうが、近場の水竜王はいまだ根に持っている。三十年ほど前には出会い頭に皮肉られたものだ。
「おやおや、ゴキブリとムカデの糞尿を混ぜあわせたような匂いがしたかと思うたら毒竜王殿じゃったか、クサッ」
追い払われ、部下に便所ブラシを投げつけられたりした。
思い出すだに毒液が口からあふれそうになる。漏出した毒液は部屋を腐らせ、建物を溶かし、地域一帯を死の土地にするだろう。生物の頂点に立つ竜王の毒とは、神代よりそういうものなのだ。
『エンガチョ竜王』
スマホでネットを見ていると、そんな文字列が目に飛びこんできた。
なんかもう泣きたい。
ピンポーン、とインターホンが鳴らなければ、たぶん本当に泣いていた。
「はい、どちらさまで」
自分を冷静にしてくれた来客に感謝しつつ、ドアを開ける。
目の前にはだれもいない。視線を落とすと、いた。
頭頂部を見下ろせる低い位置に、ちびっこいのがひとり。
「キミは……このあいだの?」
「はい……! たすけていただいた似童者です!」
彼女はくりっとした目で修吉を見あげた。日差しを浴びたように顔が輝く。
あの日、誘拐犯たちが倒れたあと、コンテナから飛び降りざま抱きついてきたときとおなじ、含むところなどなにもない笑顔。
彼女は無垢な好意を隠しもせず、鹿威しのようにお辞儀をした。
「竜王ヴァスキさま……わたしを、朔場リリィを弟子にしてください!」

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