【2019年3月22日】

美少女文庫でお花見!?①~『異類婚姻譚』編~

全国発売開始『異類婚姻譚 ―狐嫁と結婚しました。―』原作ユキバスターZ 上原りょう小説

よりお花見シーン

 山桜が鮮やかに山々を彩る中にある隠れ宿に、誠たちはやってきた。
〝狐のお宿、銀狐庵〟
 名前の由来はこの辺りの昔話にちなんでいる。
 曰く、昔この山に一匹の銀色の狐がいた。その狐は朝廷から官位を戴くほどの狐で、日本中の化け狐たちのまとめ役だった。その狐の館には一年に一度、春に花見が催される。狂い咲く山桜を目当てに日本中の妖狐が集まり、交流をしていた。そこで銀狐は狐たちの縁組みを取り決めたり、子孫繁栄について差配していた――。

「よーし、到着!」
 誠は運転する車を宿の駐車場に停めて、外に出た。
 誠は大きく深呼吸をして、新鮮な山の空気をいっぱいに吸いこんだ。
 後部座席から出た志津は蜜柑を抱きながら、周囲の山々を薄桃色に染め上げる山桜に目を奪われたようだ。
「誠さん、ここも桜が綺麗ですね」
 彼女は青いワンピースに柔らかな縁の帽子をかぶっている。帽子からは三角耳がぴょんと飛び出している。
「桜っ!」
 車から飛び出した柚子は右を見たり、左を見たり、キョロキョロして忙しい。
「こーらっ。柚子。あんまりアッチコッチ走り回っちゃ駄目だぞ」
 誠は活発な長女を後ろからぎゅっと抱きしめ、かかえ上げる。
「きゃーっ!」
 柚子は手足をジタバタさせ、歓声を上げた。
 初めての旅行ということもあって柚子もブラウスにスカートと、おめかしをしている。
 一方、蜜柑は志津の腕の中ですやすやと眠っている。
「さあ、行くぞー。温泉が待ってるっ!」
 母屋へ向かい、受付を済ませる。
 仲居さんに案内され、離れの一室へ向かう。
 一通りの説明を受け、くつろいだ。
「さあ、誠さん、どうぞ。お茶です」
「ありがと」
「これからどうしますか? まだ夕飯までには時間があるみたいですけど」
「それなんだけど、小説の題材にお狐様の祠ってのを見たいんだよ。ここの敷地内に、銀狐様を祀った祠があるらしいんだ」
「いいですけど……」
「けど、どうしたんだ?」
「別に」
 志津は少し頬を膨らませ、唇を尖らせた。
「狐なら私がいるのに。わざわざ造りものを見たいんですか。それもここの狐は女性らしいですけどぉ?」
 じろりと睨まれてしまう。
「違う違う。長い歴史と伝統があるものだから見たいってだけ。……もしかして、嫉妬してる?」
「してませんっ」
 ふん、とそっぽを向かれてしまう。
(まったく。可愛いな)
 と、視線を感じてそっちを見れば、柚子がじっと見ていた。
 柚子は誠と志津とを交互に見たかと思うと、声を上げる。
「パパ、ママ! ケンカ、ダメ!」
 誠は慌てて、柚子をなだめる。
「志津。喧嘩じゃないよ。パパとママは仲良しだから。なっ、志津」
「うん! そうよ。志津ちゃん。ママとパパは仲良しだから。ねっ? 心配しないで」
 柚子は上目遣いに、誠たちを見る。
「……本当?」
「もちろん」
「本当よ」
 誠と志津はウンウンとうなずく。
「じゃあ、仲良しのちゅーしてっ!」
 誠は苦笑してしまう。
「キスは仲良しの証明なんて、ずいぶん大人びてるなぁ」
 志津も微笑んだ。
「ですね。ふふ。それにしても何を見て覚えたんでしょうね」
「僕たち、とか?」
「どうなんでしょう」
 柚子はキスをしない、誠たちを前に心配そうだ。
「ねぇー! ちゅーしてっ!」
「ちゃんとするよ」
 誠は志津の唇にキスをした。志津も返してくれる。
 柚子は嬉しそうにニコニコした。
「仲良しっ!……柚子にもちゅーっ!」
「いいよ」
 誠と志津も柚子の大福みたいにふっくらした頬にキスをすると、柚子はくすぐったそうにしつつ、「えへへ」と喜んでくれる。
「ミカンにも、ちゅーしてあげて」
「わかった。……蜜柑、大好きだよ」
「蜜柑ちゃんとも、仲良しだからねえ」
 誠たちのキスを見届けると、
「柚子もっ! ちゅっ」
 柚子も妹のふっくらほっぺにキスをする。
 いきなり三人からキスをされた蜜柑はと言えば、黒目がちなクリクリ眼で、三人をきょとんとして見つめていた。

 みんなで祠探しに出かけた。旅館の人に聞いた道順を進む。
 祠は名所という訳ではないから、旅館の敷地の端っこの目立たない場所にひっそりと祀られていた。
「あー! ママだーっ!」
 祠は木製の小さな社殿の中に石像が鎮座していた。
 祠にある狐の像は確かに、志津によく似ていた。
 思わず誠は二度見してしまう。
 志津も祠を目の当たりにして目を丸くする。びっくりしたようだ。
「もしかしたら、志津のご先祖様かも」
「フフ。かもしれませんね」
 これも何かのご縁かも知れないと家族全員で、祠に手を合わせた。

 夕食を食べながら話していると、あっという間に時間が過ぎていった。
「……子どもたちは?」
「二人ともぐっすりです」
 誠は、仲良く並んで眠っている柚子と蜜柑を見下ろす。
 狐耳や尻尾もあいまって、愛らしいマスコットのよう。
(まさか、僕に子どもが二人もできたなんて……)
 志津と出会ってから、ここ何年間があっという間に過ぎてしまった、そんな気がした。
 志津が微笑んだ。
「それじゃあ、これからは大人の時間ですね」
「――夜桜を見に行かないか? ライトアップされてるみたいだし」
「いいですね! 行きましょうっ!」
 眠っている子どもたちそれぞれだっこして、外に出た。
 旅館の敷地内にある桜はライトアップされて、夜の闇の中に鮮やかに映えている。
 たわわに咲き綻んでいる桜が夜風に吹かれて波打ち、花びらを散らす様はとても幻想的な光景だ。
 志津がほうっと甘いため息をつく。
「とっても素敵です」
「これを見られただけでも、ここを選んだ甲斐があるよ」
「はいっ」
 誠と志津は見つめ合い、それぞれ空いている手を取り合って指を絡めた。
「……実は銀狐の話ってもう一つあるらしくってさ。ここに、大切な人と一緒に来て銀狐を見られたカップルは幸せになれるらしいよ。縁結びをする銀狐に認められたって。まあ、ただの昔話だけど」
「でもロマンチックですね」
 志津は耳をピクピクさせながら言う。
「だろ?」
 夜風に舞い散る桜は実家よりもとてもたくさんで、視界を桃色に塗り潰してしまわんばかり。
 そんな桜の木々をより一層美しく演出しているのが、青白く輝く満月だ。
 雲も一片もなく、冴え冴えとした月明かりに花びらが輝く。
「少し冷えてきた。そろそろ戻ろっか」
「ですね」
 帰り際、「あ」と志津が呟き、誠の服の裾をそっとつまんだ。
「ま、誠さんっ」
「どうした?」
「あれです。み、見て下さいっ」
 志津の声はかすかに上擦っていた。
「ん……?」
 十数メートル先の桜の古木の根元に人が立っていた。
 吹き散らされる花弁で見えにくいが、確かにそこに誰かが立っていだ。
 宿泊客ではないのは一目瞭然だ。
 白い着物に銀色の帯、そして風に銀色の髪が巻き上げられていた。
 遠目だが、その佇まいがはっきりとわかった。
 見えた、のとは違う。なぜか、そうであると確信できたのだ。
 女性は風に吹かれる髪を、そっと手で押さえている。その頭には狐耳が、そしてお尻には尻尾。どちらも輝くような銀色。
 その眼差しは月の色を溶かし込んだかのような、幻想的な金色だ。
「志津、あれは……」
「ぎ、銀狐、でしょうか……?」
 祠にあった石像と、その容貌は似ていた。もちろん、志津にも。
 銀狐がこちらを見る。
 ドキッとしてしまう。
 刹那。ニコリと銀狐が微笑んだ――ように見えた。
 桜の花びらが、銀狐を覆い隠してしまう。
 そしてその花びらが吹き散らされたあとにはもう、その姿は霞のように消えてしまっていた。
 最初からそこに何もなかったかのように。
「…………」
 誠は自分の頬を抓った。痛い。
 志津と顔を見合わせた。
「志津。今の、見た?」
 志津は唖然とした表情でうなずく。
「……み、見ました」
「消えたのも?」
「はい。花びらに包まれたと思ったら……」
 子どもたちを見る。
 二人とも穏やかな寝息を立てていた。
「本当に、銀狐?」
「……どうなんでしょうか」
 しかし考えても答えは出ない。それでも胸の内にあるのは温もりだ。
 誠たちは微笑みを交わす。

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